近代将棋1988年10月号、弦巻勝さんの将棋写真エッセイ「棋士はみーんなグルメ」より。
子供のころ金平牛蒡が食べられませんでした。酒を飲む年になって食すチャンスも多くなり、食わず嫌いなのだろうと食べてみるとおいしい。一瞬ですがなんだかその時偉くなったような気がしました。棋士の方達と食事をするチャンスも多いので感じたことを書いてみます。
青野照市八段は結婚する前鷺宮に住んでいて僕の家ととても近く時々食事を一緒しました。日本酒に刺身、ちょっとした和風料理を我家のオサンドン担当者は作ります。基本的には日本料理はネタの良し悪しできまると思いますが、我家はふだんスーパーのパックされた魚などを食べているのですが、客人の来る時はけっこう遠くの魚屋に買いに行き、それなりに頑張って作っているようです。でもそうやって来る時間が解っている時ばかりではありません。「ちょっとステレオの話でもしませんか……」「何してます。ひまですか……」などと電話が来るわけで、夕食を我家のスタッフとあり合わせですることもあります。青野さんは独身で若かったが偉い先生だから御歳暮やお中元がいっぱい来る。それを我家にせっせと運んでくれました。我家はそれをもとに何かを作る。とても流れがいいんです。
ある時ピラフだかチャーハンだかとチャイニーズスープといたって簡単な食事が出た。青野さんはやけにゆっくり食べている。僕は考えごとでもしているんだろう。棋士は話をしている時も考えている局面が閃いたりなんかするのだろうからと、しかしそれにしても箸で御飯をホジったり皿の隅の方に何かをよせたり、とにかく一生懸命その作業をしている。我家のオサンドン担当者は「あぁ先生鳥ダメですか……」「エエまあ」そのころには完璧に飯粒より小さい鳥の挽き肉は隅によせられ、さっきとはうって変わったスピードで青野さんの食事はスタートしました。あんな小さな挽き肉でも鳥は鳥、青野さんは食べません。「みなさんは犬とかネズミとか食べないでしょう、あれと同じですよ」彼はそう語ります。なんだか解ったような解らぬような気持ちの僕。外でも時々食事を御一緒しましたが、本当にいい店を沢山知っています。結婚してからおじゃました青野家は美人の奥様がやはり日本料理を作ってくれ、これがまたスバラしい。それに一つ一つの器も大変なもの本物志向の彼ならではのものでした。
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近代将棋1988年12月号、故・山田史生さんの第1期竜王戦第1局〔島朗六段-米長邦雄九段〕観戦記「シティ派・島、華麗に登場」より。
ところで昼食休憩の時、若さに似合わず沈着な島が慌てた。自室へ運んでもらった松花堂弁当だが、ごはんの部分がたきこみごはんで、キノコがいっぱい。実は島はキノコが全然だめ。アレルギーが出るぐらいひどい。
どんな手を指されても動じない島が、私を呼び「このごはんだめなんです。白いごはんもらってくれませんか」となさけなさそうな声を出したのには、悪いがおかしかった。
それにしても良い旅館では食事に松たけなどがよく出るシーズン。もったいない話だ。
島はコーヒーも嫌い。最近のシティー派は酒、コーヒー、キノコはだめなのか?ファッションに気を配り、パソコン、水泳、スカッシュなどを好む。何かわかるような気もするが―。
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将棋世界1983年6月号、加古明光さんの「第41期名人戦七番勝負始まる 第1局 谷川、光速の寄せ」より。
初めて知ったのだが、谷川はエビ、カニ類がダメだという。何でも幼い時、食中毒にあたったとか。それを知らずに、事前にこちらで立てておいた昼食のメニューが「芝海老のカレーライス」。再びスタッフと一緒に食事をとった谷川がピラフにしたら、これにまたどっさりエビが入っていた―。
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鳥肉が嫌いな人は意外と多い。
アカシヤ書店の星野さんは、タコが大好物な反面、鳥肉を大の苦手としている。鳥肉へ注ぐべき分の愛情がすべてタコに回っているのは間違いない。
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キノコが嫌いな人も若い方を中心に意外と多い。
たしかに、炊き込みご飯にはキノコが入っていることが多い。
三浦弘行九段はキノコ料理が大好きだ。そういう意味では、三浦九段は多くの種類の炊き込みご飯を好きである可能性が高い、ということになるのかもしれない。
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前・将棋ペンクラブ会長で作家の高田宏さんは、エビ・カニ類がダメだった。エビ・カニのアレルギーだったらしい。ただし、タラバガニは食べても問題がなく、むしろ好きだったという。
タラバガニは生物学的にカニではなくヤドカリに分類されているので、この辺の違いは如実に現れるものだなと思った。
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タマネギを大嫌いな人が職場にいた。
この人と食事に行った時、「あっ、オムライスはタマネギが入っているからダメだ」という会話があった。
オムライスとタマネギがすぐには結びつかなかったので聞いてみると、チキンライスにタマネギが入っているというのだ。
普段は意識もしていなかったが、言われてみればチキンライスにはタマネギが入っている。
タマネギが主役となっている料理は少ないが、その分、細かく切り刻まれて欠かせない脇役となっている料理は多く、タマネギが嫌いな人はいろいろと苦労が多いなと思ったものだ。
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ご飯の中に自分の嫌いなものが細かくなって沢山入っているというのは、悪夢のようなものだ。
青野照市八段(当時)のように不屈の思いで取り除くか、島朗六段(当時)のようにすぐに全面放棄するしかない。
私が大の苦手なのはキュウリ、里芋、生のトマトなど。
キュウリや里芋が細かくなって入っているようなご飯はあまりないので、私もまだ大変な思いはしたことはないが、以前、胡麻だれのざる蕎麦を食べた時、胡麻だれの中に無数の刻まれたキュウリが入っていて心臓が止まりそうになったことは一度あるので、まだまだ油断はできなさそうだ。