米長邦雄永世棋聖の鮒寿司

近代将棋1988年10月号、弦巻勝さんの将棋写真エッセイ「棋士はみーんなグルメ」より。

 僕は犬とかネズミより、ちょっとむずかしいと思う食べ物があります。人によってはこんなに旨いものは無いというものです。次はその話。

 僕は週刊誌の企画でおいしい食べ物屋などに取材で写真を撮るために記者にくっついて行くことも多く、日本中けっこう旅をします。変わった食べ物も食べたし、高級な所も行きました。自分の身分ではとても入れそうにないところへ。役得というやつでしょうか。ある時米長邦雄九段と琵琶湖へ旅をし、そこで出された鮒寿し、これには僕は泣きましたね。酒飲みの珍味を代表するこの鮒寿し、鮒のお腹に麹をつめ、漬けたようなもので「ウヮースゲー」という感じ「ダメだこりゃあ」その僕をめざとく見つけた米長さん「ウウン弦巻さんこれダメッ…」「おいしいじゃあない最高だね、お姉さんこの鮒寿しのもと持ってきてくれる もと」皿に入れて山もりで」出て来た物は上品に飾られた鮒寿しではなく樽の中にお姉さんが手をつっ込んでそのまま持って来た鮒寿し、麹もいっぱい、 それを米長さんはわしづかみにして食べるわけです。僕の顔を見ながら…まいったねっ。

 旅と言えば九州に呼子という所がありそこに河太郎というイカを食べさせる店があります。呼子は昔遊郭で魚師が海岸にある宿屋からおろされた紐をよじ登って入り休むというなんともオシャレな所です。その河太郎は店の中に中洲があり客が泳いでいるイカを「あれ下さい」イタさんはそれを網ですくって料理してくれます。店の天井はそのイカの墨で真黒、白いワイシャツは着ていかない方が安全です。網から上げる時たいていイカが墨をはく、これが何メートルも飛ぶんです。今ではアンノン族も雑誌を読んで来るのか客の半分は女性、僕がいった時も隣りは女性組「ああらこのイカ足だけなのに生きているわあ…手かしら…」そんなこと言いながらワサビジョウユでムシャリ。「あれぇどうしよう、口の中でイカの吸盤がくっついて取れないわあっ」 僕は「死ぬまで待てばあ…お酒飲むといいかもよお…」などと、てきせつな事を言ってからかいます。その話を大内延介九段にしたら、半月もしないで会った時に「オオ…行って来たぞ。あそこ河太郎…いいねェ」とにかくやることが早い、なんのことは無い、ついでに行くのでなくイカを食べるだけで大内さんは行ってしまう。雑誌の対談でやはり大内九段に出ていただいた時、編集者がどこの店にしようかと何日も悩んでいた。大内さんはパッとメモをよこし、それを見ると、ふぐならここ、うなぎならここと電話番号と店の名がシッカリ書いてある。とどこうりなく対談が進んだのは言うまでもない。

 先日将棋連盟で将棋雑誌の編集者と「ビールでも飲もうか」などと話しているとそこへ勝浦修九段「どこ行くの」「ええ近くでビールでも…先生もいかがですかあ」「僕はおいしい物なら食べに行くけどねェ」と勝浦さん。何かぶ厚い本を持っている。僕「それをチョット拝見」出版されたばかりのおいしい店のガイドBOOKでした。その中から見つけたのは東高円寺のジンギスカンの店。僕の家がそちらの方向だとちゃんと気をつかってくれ、車でスタート。これがまたいい店で大人のムードのとても品な店、編集者ともどもすっかりごちそうになってしまった。もちろんこんなことは1回や2回じゃあない。棋士にはのう書きばかりのグルメはいない。身銭を切ってちゃんといい店を知っている。勝浦さん「将棋指しはね上ェ時々肉食わないと闘争心が薄れるんだよねェ」と…解るなあっ。

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いか活き造りの店「河太郎」は、現在も人気が非常に高いようだ。

唐津市呼子町はイカの漁獲量が日本一と言われている。

「河太郎」ホームページ

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人によって好き嫌いが大きく別れる食べ物がある。

日本でいえば、ホヤ、くさや、納豆などがそうだが、鮒寿司もその典型的な例と言えるだろう。

これらの好き嫌いが大きく別れる食べ物の特徴は匂い。

小泉武夫東京農業大学名誉教授の「発酵は力なり」(NHK人間講座2002年6月号~7月号)によると、世界の臭い食べ物ランキングは次のようになるという。

  1. 開缶直後のシュールストレミング 8,070Au
  2. ホンオフェ(韓国のエイ料理)6,230Au
  3. エピキュアーチーズ(缶詰チーズ)1,870Au
  4. キビヤック(海鳥の発酵食品)1,370Au
  5. 焼きたてのくさや 1,267Au
  6. 鮒寿司 486Au
  7. 納豆 452Au
  8. 焼く前のくさや 447Au
  9. 沢庵の古漬け 430Au
  10. 中国の臭豆腐 420Au
  11. ニョクマム(魚醤)390Au

※Auはアラバスター単位と呼ばれる臭みの強さを計る機械の単位

これを見ると、多くの発酵食品は400Au台であることが分かる。

1,000Auを超すには相当な仕込みが必要だ。

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4位のキビヤックは、内臓と肉をすべて取り出されたアザラシの中に海鳥を詰めこみ、地中に2ヵ月から数年間埋めて作られるもの。グリーンランド、アラスカなどの先住民族にとっての漬物の一種で、食べるのはアザラシではなく海鳥のほう。

自戦記→キビヤックなるアザラシと海鳥を使った発酵食品が凄まじい!!世界でも珍しい不思議な食べ物(コモンポストムービー)

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3位のエピキュアーチーズは、熟成が缶の中で行われるニュージーランドの缶詰チーズ。

ただし、現在のニュージーランドでは通常の熟成方法で製造されることが多く、ニュージーランド国内でも缶詰のエピキュアーチーズはなかなか見つからないという。

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2位のホンオフェは、エイの肉を壺等に入れて10日ほど発酵させた韓国の料理。エイの持つ尿素などが加水分解されてアンモニアが発生するので、強烈なアンモニア臭がするらしい。

肉やキムチなどと一緒に食べるようだが、韓国でも苦手な人が多いという。

自戦記→うわさのホンオフェ、食べてみました!(あしたの生活 NHK出版)

自戦記→世界で二番目に臭い料理、ホンオフェを作りたい(Niftyデイリーポータル)

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1位のシュールストレミングは、主にスウェーデンで生産・消費される、塩漬けのニシンの缶詰。

古来より、魚の保存には塩が必要とされていた。ところが中世のスウェーデンではニシンは沢山獲れたが、製塩に必要な日照量も薪も乏しく、塩の生産量が少なかった。

そのために、ニシンの腐敗を防ぐための最低限の塩の量というものが試行錯誤を繰り返されて見つけ出されたのだろう。

発酵は止まらないが腐敗はしないという塩の量。

缶詰になっても、缶の中でも発酵が続いている。

臭気が強いので、屋外で食べることが多いという。

とにかく恐ろしそうな食べ物だ。

自戦記→”世界一臭い缶詰”「シュールストレミングを優雅に食べる会」を開催した。