観戦の「午前の部」「午後の部」「夜の部」

将棋世界1983年3月号、中平邦彦さんの観戦随想「面白うてやがて悲しき」より。

 会社の昼休みに、さっさと3局も指す仲間からよく言われる。

「え、観戦記者ってのは楽だろう」

「楽なもんか。何しろ長いものなあ」

「長いって、2、3時間で済むんだろ」

「いや、大体10時間で、将棋によっちゃあ夜中の1時過ぎになる」

 すると相手の態度が変化する。ふむ、これは大変だという顔色になる。

 敵はこう考えている。観戦記者というのは文字通り”観戦”するのだから、10時間も12時間も盤側にいる。足もしびれるし、弱い頭で考えもする。こりゃあ大変だ。なるほど、しんどいだろう、と。

 この、盤側につきっきりという思い込みは貴重だから、決して真相は明かさない。そうだ、観戦記者は棋士と同じように朝から晩まで盤をにらみ、一局の労苦を共にするのだと思わせておく。

 だが、実態は大分ちがうことは棋士が一番良く知っている。記者の多くが、盤側よりも記者室でうろうろしたり、お茶を飲みに出かけたり、昼寝をしたりするのはお見通しだ。

 もっともこれだって一種の取材活動で、わかりもしないのに次の一手を考えるより、盤外のエピソードや棋士情報を得た方がずっと役に立つことが多いという見方も出来る。

 新聞や雑誌の将棋を読む人は、目で順を追い、頭の中で読む人が多い。盤に並べて研究する人はごく少ないと思う。だから長い変化手順を沢山書いても(これを書くのが一番楽だが)理解してくれないし、面白くもないだろう。手順を書くなら頭で追える長さにとどめ、むしろ何故その手を指したのかという棋士の心の動きを書いた方がいい(これを書くのが一番むずかしい)。

 芝居見物ではないが、観戦には「午前の部」「午後の部」「夜の部」がある。

 午前は序盤の駒組み段階で、棋士も気が楽だからおしゃべりに花が咲く。この話が面白いのだ。これがあるから観戦記がやめられない。毒舌が飛び交い、その場にいない者が茶化され、棋士の最新情報が伝わる。

 これを全部紹介したら面白いのだが、コードに引っかかる話が多過ぎてとても書けないのが惜しい。コードとは「さしさわり」があることで、とても字には出来ない。

 午後の部は長考になる。むずかしい中盤だから棋士の口数も減る。局面も動かないから要するに”暇”になる。記者は盤側から去って、そこらをうろうろする仕儀になる。これが長いので、ヘボ将棋を指したり、お茶を飲みに出る余裕が十分にある。

 が、最も肝要なのは局面によること。超急戦の場合は席を立てない。ある記者は近くの社から呼び出され、用を済まして帰ってみると、将棋はとっくに終わり、棋士もおらず、盤もなく、青くなった。そのあとどうしたかって?原稿用紙が涙でにじんでいた。

 夜の部はコワイ。うっかりものを言うと怒鳴られそうな気配となる。

 顔が仁王のように赤く染まる人、逆に顔面蒼白になる人。身体を揺する人。さまざまである。煙草が増え、ノド用のドロップや仁丹が盛んに口に放り込まれる。

 だが、そんな険しいやりとりの中でも、ベテランやサービス精神豊かな人は、観戦記者を労る余裕と優しさがある。東の米長棋王と西の内藤王位がその代表だろう。

 1図は名将戦決勝トーナメント。

内藤福崎1

 後手の内藤が銀を犠牲に9筋から攻め込んだきわどい局面だ。カナケなしで寄せられるのだろうかと目をこらしていると、内藤は少考して△8五桂と指した。

 福崎は△8五桂を見て一瞬目をつむった。意外な手だったらしい。そしてしばらく考えていたが

「失礼します」と手洗いに立った。なかなか帰ってこない。

 すると内藤は記者を見てニヤリと笑い、

「△8五桂はむずかしい所や。普通はこの桂で△9三香▲8八玉△9九飛とやるんやけどね」と言った。

 補足すると、△9九飛のあと▲8六銀と玉の逃げ道を作られてうまくいかない。だから△8五桂とした。この桂打ちを福崎は軽視していた。それで頭を冷やしに手洗いに立った。そんな心の動きが手に取るようにわかった。こういう親切をやってくれる。

 2図は王位戦七番勝負第4局。

内藤中原1

 九州博多での大きな勝負で、これに勝ってタイにした内藤が、このあと2連勝して王位を奪う。

 図の△8六桂はノータイムだった。内藤の駒台は空っぽだが、この桂一発で決まっている。控え室の動きがあわただしくなった。急ぎ、カメラマンが呼ばれた。観戦記者の一番いやな時間だ。

 重苦しい雰囲気がたれこめる対局室に、いやでも入らねばならない。最後の瞬間を見届けねばならない。

 対局室に入ると、内藤は廊下の陰のソファに座って姿が見えず、中原が一人、静かに考えていた。耳が赤く、顔は青白い。

 中原はもう負けを覚悟した。負けをどう収束するか考えている。平静で、表情も何げない風だが、痛ましい時間である。

「フーッ」と、深い、深いため息をもらし、それから記録係に棋譜用紙をもらい、じっと見る。何を見ているのだろう。悔恨か。

 それからふいに手洗いに立った。戻ってもすぐに席につかず、控えの間の窓際に立って遠くの博多湾を見ていた。長い時間に思えた。

 やがて席に戻ると、ゆっくりした手付きで▲同歩と取った。茶を立てるような静かな動きだった。

 ▲同歩に費やした時間は42分。そして5手後に投了した。その間、記者はツバを飲み込む音もはばかって、肩が張り、背中が痛んだ。負ける棋士はつらいが、それを見ている記者も負けずにつらい。

 観戦は鵜飼いを観るのに似ている。

 面白うてやがて悲しき……。

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この頃は、午前中、対局をしている棋士が対局相手あるいは観戦記者と雑談を交わすことがあった時代。

観戦記に盛り込めるかどうかは別として、観戦記者にとってはとても有り難い時間だ。

現代は、序盤から神経を使わなければならない展開なので、「午前の部」は「午後の部」に吸収合併されたような形になっている。

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「負ける棋士はつらいが、それを見ている記者も負けずにつらい」は、本当にそう思う。