谷川浩司名人(当時)「こういう面白すぎるものを家に置くと大変だ」

将棋世界1984年2月号、中平邦彦さんの「神戸だより」より。

 さて将棋界はとみると、内藤九段が中原十段に2連勝してあっさり名将位を取っていた。王座戦のお返しをしたわけで、さすがというべきか。

 続いて全日本プロ戦は準々決勝で神戸組の激突だ。内藤と谷川名人がぶつかって名人が勝ちベスト4へ出た。

(中略)

 忙しい日本社会では比較的のんびりペースの将棋界だが、こうしてみると結構足が速い。中でも多忙の内藤九段、わが社の応接間に現われ、新聞用の正月原稿を書きだした。さっと仕上げるところなど記者より早い。昨年は「タイトルを狙う」と公約したので、「内藤さん、今年もやるの?」と聞いたら、ニヤリと笑って「ああいう公約はたまにするからええのでね。今年は書かないよ」と言った。もっとも公約しないだけで、狙っているのは当然のことだろう。

 続いて現れた小阪五段が私の顔を見て「淡路君が怒っとるで」とニヤニヤ笑う。「なんで?」と私。「前の神戸だよりと観戦記に淡路君が買うたパソコンを十数万円と書いたやろ。あれ十数万円やなくて数十万円なんや」と言うではないか。

 ほんまかいなと驚き、早速電話をすると、

「まあいろいろ付属品がついたから60万円ちょっとかな」と事もなげにいう。使い方は実際に見ないと説明しにくいが、要するに見たいなと思う棋譜が自動的に画面に出てくるようプログラムを組むのが目的だ。が、今は指ならしの段階で実用はもっと先の話。まあ、格好の大人のおもちゃで、一日中遊べるのがいいとか。

「それにしてもぜいたくな」というと「いや、ボクは酒もあまりやらへんし、ゴルフもせえへんから」という。言われてみれば確かにそうで、ドンの内藤など全日本プロ戦の終局後、名人らと神戸で痛飲して一晩で40万円も使うのだからパソコンのほうが安い。

 もう少し簡単なパソコンは神吉四段も持っている。大阪の福崎七段や南六段宅にもあって、テレビゲームのように遊んでいるとか。谷川名人が福崎宅でそれを見て「こういう面白すぎるものを家に置くと大変だ」と警戒の言をもたらしたらしい。

(以下略)

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対局が終わった後の遅い時刻から40万円を使うのはかなり大変なことだ。

8人いたとしても1人5万円。

ステーキ店(1万円/人)→高級スナック(1.5万円/人)→普通のスナック(0.8万円/人)→バー(0.5万円/人)→居酒屋(0.5万円)のコースだったとしても1人43,000円。

ステーキ店(1万円/人)→クラブ(3万円/人)→普通のスナック(0.8万円/人)なら1人48,000円でどうにかなりそう。

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この頃、企業でさえ部署に一台パソコンがあるかないかの時代で、パソコンを個人で持つのは非常に珍しいことだった。

パソコンのワープロ機能はまだまだだったので、ワープロ専用機が活躍していた頃。

この年(1983年)の7月に任天堂がファミコンの販売を開始しているが、画像処理系のCPUにバグがあり、発売当初は売れ行きは好調とは言えなかったという。ファミコンが大ブレイクするのは1985年頃から。

家に置いておくと更に大変なことになる製品だ。