升田流変則向かい飛車

昨日行われた棋王戦挑戦者決定トーナメント、佐藤天彦八段-佐藤康光九段戦で、佐藤康光九段が非常にユニークな変則向かい飛車を採用した。(A図)

佐藤1

角換わりの出だしからの突如の向かい飛車。

この後、持久戦となり、後手は銀冠模様から△8四銀と出て玉頭攻めを展開した。(佐藤康光九段の勝ち)

△8四歩と突いてからの陽動振り飛車は多くの例があるが、△8五歩まで突いてからの振り飛車はなかなか見ることができない。

佐藤康光九段らしい奔放な指し回しだ。

この将棋の出だしを見て思い出したのが、昔の升田幸三九段-塚田正夫九段戦。

将棋世界1972年4月号、升田幸三九段のA級順位戦〔対 塚田正夫九段〕自戦記「三十年来の好敵手」より。

 塚田さんとの初手合わせは、昭和12年だったと憶えている。当時、私は五段、塚田さんは六段だった。

 その頃は東西の交流がほとんどなかったため初手合わせも遅れたわけだが、思えば三分の一世紀も昔のことである。

 それ以来、酒を共にし、盤をはさんできたが、資料室の調べによると、本局が60番目に当たるということだ。

 私の39勝、塚田さん20勝となっているが、最も多く顔を合わせたのは、戦後10年くらいの間ではなかったかと思う。

 近年はA級順位戦で、年に一度顔を合わせるくらいとなったが、それも来期は不能となった。本局のあと塚田さんが中原君に敗れ、A級の座を失うことになったからだ。

 また、私自身もA級順位戦で負け越したら引退する覚悟を決めているので、今後再び塚田さんと盤をはさむ機会に恵まれるかどうかも計りがたい。

▲2六歩△3四歩▲7六歩△8四歩▲6六歩△8五歩▲7七角△6二銀▲7八銀△5四歩▲6七銀△3二銀▲8八飛(1図)

変則振り飛車

 十数年前までは、塚田さんとほぼ互角の対戦成績だったが、その後、塚田さんに乱れが出たため私の勝率が高くなった。

 はっきりいうと将棋連盟が中野から千駄ヶ谷に移ってから、私は殆んど塚田さんに負けていないのではないかと思う。

 もちろん本局も私は必勝を期して盤に向かった。というのはこの時点で私は3勝3敗。個人対局数が8局なので、4勝を挙げておかないと負け越しになるおそれがあったからだ。

 塚田さんの3四歩、8四歩の出だしは、横歩取りを想定した指し口だが、私はふと気が変わり6六歩と角道を止めて、敵の注文をはずしてみた。このあと矢倉に変化する順も私の方にあったが、変わった型の将棋の方がどういうわけか、塚田さんには得という気持ちが無意識のうちにあったようだ。

 私の6七銀から8八飛回りは変則振り飛車で、多くはないが実戦例もある。

升田塚田1

1図以下の指し手
△4四角▲2五歩(途中図)△3三銀▲4八玉△3五歩▲3八銀△3四銀▲4六歩△2五銀▲5八金左△3四銀▲3九玉△3二金(2図)

二つの策

 塚田さんの4四角は私の2六歩を只で喰おうの策。ここで私には二つの策があった。本譜の2五歩と5六銀である。

 5六銀に2六角、4五銀(A図)の進展となるが、この順も歩を取り戻せるし、敵角を攻撃目標に出来るので相当有望。そのうち一度試してみたいと思っている。

升田塚田3

 本譜の2五歩(途中図)は味わるくこの歩を取らせようの策で、その間急戦に持ち込むのが私のネラいだ。

升田塚田2

 ただしここで注意しなければならないのは、うかつに8六歩、同歩、同角などと後手の飛車の素抜きをネラってはならないということだ。

升田塚田4

 B図は先手3八銀で、8六歩、同歩、同角とした局面だが、ここで後手にうまい順がある。8七歩(好手)、同飛、5三角がそれで、ハメようと思った先手が逆にハメられてしまう結果になるからだ。

 塚田さんは予定通り、私の歩を只で喰い3四銀と引いた。その間、私が玉を固めたのも予定の行動だ。

升田塚田5

2図以下の指し手
▲5六銀△2四歩▲4五銀△同銀▲同歩△2二角▲2八玉△7四歩▲5六歩△2五歩▲6七金(3図)

敗因に近い悪手

 私の5六銀はあらかた玉の囲いが整ったので急戦に出ようの策。

 これに対し塚田さんは2四歩と突いたが、私の4五銀のぶっつけを消す3三桂ハネもあった。局後、彼は3三桂だと2一にスキができ、8六歩、同歩、同飛とさばかれるのがいやだった、という感想があったが、形としては3三桂ハネではなかったか。

 もっとも3三桂以下、8六歩、同歩、同飛、8五歩(飛の交換は2一飛打ちがあるので私のほうが有利)、8八飛、2四歩、6五歩(C図)といった形になり、相当むずかしいことはむずかしいが―。

升田塚田6 

 塚田さんとしてはなんとか持久戦にし、2四歩から2五歩~2六歩と伸ばし、歩得を生かしてこなければならない局面だが、それがなかなかむずかしいのだ。

 4五での銀交換から私の2八玉までは読み筋だったが、ここで塚田さんは構想を誤った大悪手を指した。

 7四歩がそれで敗因に近い一手だった。この手では5三銀(D図)が正着で、飛車の横利きを通しておくことは、将来、先手に歩が渡ったとき2三歩、同金、3二銀と打たれるような手を消しているし、5三銀のつぎ4四歩とか、とにかく私の玉頭にネラいをつけるべきだったと思う。

升田塚田7

 塚田さんは「5三銀だと升田君に8六歩以下荒っぽくやって来られそうな気がした」といわれたが、D図以下8六歩は同歩、同角、6四歩、6七金、8七歩で私の方がわるい。

 逆にやって来ようというのが塚田さんの7四歩だったが、この手と私のつぎの5六歩とは、比較にならないくらい価値が違った。

 塚田さんの構想は7四歩以下7五歩だが、私には6七金、6八角(E図)の用意がある。

升田塚田8

 この形となっては、つぎの私の4六角のノゾキがきびしすぎて策のほどこしようがなくなる。

 私に5六歩と突かれ、塚田さんも”しまった”と思われたに違いない。しかし、3五歩と突きこし、2四歩が入っている形で、7筋もというのは慾張りすぎではなかったか。

升田塚田9

3図以下の指し手
△3四銀▲8六歩△同歩▲同角△8五歩▲6八角△3三角▲7七桂△4一玉▲4六角△5五歩(4図)

会心のさばき

 悪手は悪手を呼ぶというが、塚田さんの3四銀打ちは大疑問手で、ここへ銀を手放してもらえば私の玉頭の脅威は消え、安心して戦える形になった。銀を持たれていると、うかつに8六歩とは突けなかったのだ。なお、3四へ銀を打つくらいなら7四歩の手で打ち持久戦をめざすべきだったと思う。

 塚田さんの7四歩、私の5六歩で棋勢は私に好転したが、さらにそれに拍車をかけたのが塚田さんの3四銀打ちといっていいだろう。

 私の8六歩は会心のさばき、塚田さんは8五歩とおさえたが、この手で6四歩なら私は7七桂とさばき、以下7三桂なら8五歩打ちあるいは6五歩(同桂なら6三歩)で十分と見ていた。

 塚田さんの8五歩に、私は手順に6八の好位置に角を引き、7七桂ハネが回ってからはもうどう変化しても負けはないと思った。

升田塚田10

4図以下の指し手
▲同歩△4五銀▲3五角△8六歩▲8四歩△同飛▲8五歩△8二飛▲8六飛△4二角▲8八飛△8七歩(5図)

 私の4六角のノゾキに対し、塚田さんの5五歩はこの一手。7三桂ハネなら7五歩、8四歩、9五銀がある。

 私の5五同歩に塚田さんは4五銀と角に当て、私の3五角までは必然。ここで塚田さんは8六歩と勝負に来られたが、さすがにこのへんは昔とった杵柄と感心した。この手で3四銀引のような順なら6二角成、同金、7一銀、7二飛、6二銀成、同飛、8五飛で私の方がいいが、8筋の歩を伸ばされていると、7一銀のとき8七歩成(F図)と勝負され、飛の取り合いは、塚田さんの方は5筋に歩が立つので存外確りしている。またF図以下4八飛は7七とと暴れられてむずかしい。

升田塚田11

 私の8四歩から8五歩、8六飛は危険を避けたものだが、ここでまた塚田さんは悪手を出した。8七歩の叩きがそれで、8六とたらされる方がいやだった。

升田塚田12

5図以下の指し手
▲4八飛△3四銀▲4六角△2六歩▲5四歩△6四歩▲6五歩△8三飛▲5五角△3三角▲6四角△6六歩▲5七金△5六歩▲同金△6七歩成(6図)

緩手と悪手

 私の4八飛は幸便の転換。8六歩とタラされていても機をみて4八飛と回りたいくらいだったのだから―。

 塚田さんの2六歩はつくろいが効かないと見た勝負手で、私の方にはいろいろな有効手がある。2二歩の叩き、5四歩の突き出し、6五桂ハネ、5六金の活用などだ。2六歩でしつこく4五銀と角に当てる手などでは、角を引かれて後手引きになり、これらの順を防ぎ切れないと考えられたに違いない。

 私の5四歩の突き出しから6五歩はネライ筋だが、つぎの5五角出は緩かった。

 一本2二歩と叩き、同金、5五角が正着で、以下3三角、6四角(G図)となれば、敵の4筋が薄くなっているので、本譜よりさらに有効だったのである。

升田塚田13

 塚田さんは6六歩で反撃のチャンスをつかんだ。私の5七金寄りは悪手で6八金引きが正着。以下8八歩成、8四歩、6三飛、9一角成で必勝。8八へと金を作らせまいとしすぎのがわるかった。結果はさらにいやな位置へと金を作られる羽目となったが、5六同金で5八金引きは、6七歩成、同金、5七歩成、同金、7七角成と桂を取られ、馬を作られてしまうので、こう指すほかはなかったのだ。

升田塚田14

6図以下の指し手
▲9一角成△7七角成▲3六香△4二桂▲9二馬△7三飛▲8一馬△6六と▲8二馬△5六と▲7三馬△同銀▲9一飛△7一金打▲5三桂(7図)

 私の9一角成も緩手で8四歩が本手。同飛なら5三歩成があるし、6三飛なら9一角成で十分だった。

 このため手が遅れ、塚田さんの6六とと引かれる順を与え勝負形になってきた。私の3六香に塚田さんの4二桂は、3五に桂を受ける方が迫力があったのではなかったか。

 それにしても前に2二歩の叩きを逸したのは大きな手で、2二金の形にしておけば、寄せの速度に大差があったのだ。

 しかし、8二馬引きでハッキリ私は手勝ちを読み切った。飛馬交換から9一飛と打ち込み、塚田さんの7一金打ち(この一手)を強要、5三桂とかけたのが7図だが、ここではもう私の勝ちは動かない。

升田塚田15

7図以下の指し手
△3一玉▲6一桂成△8二銀▲5三歩成△9一銀▲4三と△5四角▲4二と△同金▲3四香△3三歩▲2二金△同玉▲4二飛成△3二金▲2三歩(最終図) 107手にて升田の勝ち

 塚田さんの8二銀引きまでは当然。私は読み筋通り5三歩成から4三とと迫った。4三同金でも同銀でも同飛成で必勝。私の3六香がニラミを利かせている。

 塚田さんの5四角は形づくり。私の4二とから3四香の走りに対し、塚田さんは3三歩と受けたが、3二歩なら詰みはなかった。しかし、2三桂、2二玉、4二竜と金を取られて全く楽しみのない将棋となる。

 本譜は詰みで2二金に対し4一玉は5三桂、5二玉、4一銀、6三玉、6四銀、7二玉、4二飛成、8三玉、8四金(H図)まで。

升田塚田16

 最終図以下は2三同玉、1五桂、1四玉、2五銀、同玉、1六銀、3六玉、2五金打ちまで。

 終了は午後3時10分。近年、私も時間を費わなくなったが、塚田さんも早指しだ。やはり年齢と体力に関係があるのだろう。自分のことをタナに上げて申し訳ないが、塚田さんに粘り強さがなくなったのが気にかかる。

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▲2五歩は時差を持たせて突いたものだが、2六歩あるいは2五歩を狙わせている間に囲いに入り、急戦を狙う戦略。

変化に出てくる手順も魅力的なものばかり。

必要な部分だけを抜粋しようとして取りかかったのだが、本局は序盤から終盤まで一本の線が引かれているような升田将棋。打ち終わってみると削れる部分がなかった。

リアルタイムで中学生の頃にこの自戦記を読んだ時は、(升田九段にしては地味な振り飛車だな)と思ってあまりワクワクしなかったのだが、今読んでみると、升田流の思想が非常によく理解できる。

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湯川博士さんの著書「振り飛車党列伝」より。

 日本は戦争に負けたが、将棋好きはすぐに立ち上がり、順位戦、名人戦が復活した。戦地へ行っていた棋士も徐々に戻ってきた。

 中でも南洋の死地から生還した升田は、尖った頬骨、鋭い眼光、飢えた野獣のような容貌が異様な光を放っていた。

 A級順位戦で当たった兄弟子の大野源一八段は、序盤早くも升田にやられたとぼやく。

 27図、先手が▲7八玉と寄ったのに対し、後手がつい飛車先の歩を伸ばしたところ。

「升田君の気合に一パイ食わされたよ」

升田塚田17

〔図から、▲7七角△5三銀▲6八角△2二飛…〕

 升田はわざと頭の薄い玉を相手の飛車道に寄せ△8五歩を誘い、次に引き角で△2二飛を強要し大野を翻弄したのである。むろん、大野が飛車を振り回すのが好きというのも織り込み済みである。

(以下略)

升田塚田18

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これは、升田幸三八段(当時)が、変則向かい飛車を相手に無理やりやらせているケース。

変則向かい飛車、あまりにも奥が深い。

 

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