将棋世界1971年6月号、新刊紹介より。
勝負師
金川太郎著
『勝負師』は、嘘のない勝負の世界を浮き彫りにした、長編小説である。
震災孤児の少年健吉は、大工の留吉にひきとられる。健吉は年頃の女、節子をつれていた。三人の奇妙なめぐりあわせが一人の天才棋士を生んだ。
小説は、健吉が成人して棋士になり、戦後の将棋界に復帰するまでを描いている。下町の人情を織り込んで、棋士の苦悩を映しだしている。対局場面に、読者は共感をおぼえるだろう。読後感は、爽やかである。現在、「待ったなし」と改題されて、NETテレビで放映中である。
講談社刊 440円
——–
紹介文を読んでいるだけでウルッと来そうになる。
関東大震災があったのが1923年なので、実在の棋士にあてはめてみると、震災孤児の少年健吉の年齢は、塚田正夫名誉十段か升田幸三実力制第四代名人と同じくらいだろうか。
もちろん、健吉のモデルとなる棋士はいないようだが、この小説は1950年頃に発表されたもので、第2回読売新聞小説賞(昭和25年/1950年)を受賞している。発表時は「新樹」というタイトルだったものが、受賞時に「勝負師」に改題。
この作品を原作としたテレビドラマ「待ったなし」は、テレビドラマデータベースによると、1971年4月から6月までNET(現在のテレビ朝日)系で毎週火曜日 22:00-22:56に放映されていた。制作は毎日放送。
将棋の天才少年・健吉は中村浩太郎さん(現在の三代目中村扇雀さん)、天童から家出して上京した将棋が大好きな娘が新珠三千代さん、将棋に狂っている気のいい大工は川崎敬三さん、が演じている。
それ以外の主な出演者は、紀比呂子さん、ひし美ゆり子さん、黒柳徹子さん、春川ますみさん、藤木悠さん、武智豊子さん。
下町人情コメディとあるので、笑いと涙のドラマだったのだろう。
この時代、私がいた仙台ではまだNET系の地元局が存在しておらず、このようなドラマがあったことは全く知らなかった。
——–
高視聴率を記録した日本テレビ系「細うで繁盛記」を終了したばかりの新珠三千代さん、TBS系の人気ドラマ「アテンションプリーズ」を終了したばかりの紀比呂子さん、この翌年から13時ショー(徹子の部屋の前身番組)の司会を担当することになる黒柳徹子さん、この3年後から「アフタヌーンショー」の司会を務めることになる川崎敬三さん、個性派脇役の春川ますみさん、藤木悠さん、武智豊子さんなど、キャスティングに非常な力が入っていたことがわかる。
将棋世界1971年7月号には、丸田祐三日本将棋連盟会長から新珠三千代さんに初段の免状を授与している写真が掲載されている。中央は中原誠十段・棋聖(当時)。
——–
ところで、昨日、川崎敬三さんが7月21日に亡くなられていたことが発表された。享年82歳。
→ワイドショー司会で人気 川崎敬三さん死去、82歳(日刊スポーツ)
先週の土曜日、当時の将棋世界を読んでいて、この新刊紹介欄とドラマ放送のことを発見。
川崎敬三さんが気のいい大工役ならピッタリだな、などと思いながら記事を書き始めた矢先のことだった。
川崎敬三さんを初めてテレビで見たのは、TBS系ドラマの「サザエさん」。川崎敬三さんのマスオ役が絶妙で、本家の漫画のマスオさんを見るたびに川崎敬三さんを思い出していたほど。
芸能界から遠ざかった後は悠々自適の生活だったと書いてあるのを見て、安心をした。
謹んでご冥福をお祈りいたします。