米長邦雄永世棋聖「羽生善治と森内俊之」(前編)

将棋世界2004年6月号、米長邦雄永世棋聖の「羽生善治と森内俊之」より。

 羽生対森内。二人は小学生名人戦の時からのライバルというから既に20年以上の競争相手になる。未だ30代前半であるから、これから先もファンを楽しませてくれるだろう。

 現在のタイトル保持者は4人。谷川浩司は唯一の40代の長老(?)で、佐藤康光は前記2人より1歳上の同期といえる。30代前半は先頃棋王を失冠した丸山忠久をはじめとして10名くらいの「とんでもなく強い」のが揃っている。羽生は七冠王になった。その後にタイトル保持数が減ったが新たに獲得した者は同世代の者ばかりと言って良い。同じ顔ぶれが入れ替わり立ち替わり挑戦手合を争っているのが現状だ。

 羽生善治。19歳で竜王位に就き世間の耳目を集めた。それから14年経つ。あの当時はタイトルはAクラスの者でなくBクラスやCクラスの若者が何人も持っていた。

 将棋界のシステムはAクラスが一番強く、次いでB級1組という構図になっているから、タイトル保持者もその構図になっていなければおかしい。ところが、順位戦とは全く別に地殻変動にも似た現象が起きていてB級C級のタイトル保持者が続出したのである。その極めつけが羽生の19歳竜王であった。

 この現象についてコメントを求められた米長九段「今はそうかもしれません。ただ数年経てば全てのタイトルはA級の者が獲ります。それから10代の若者が一番強いと言いますが、あと10年経つと30歳くらいの年齢の者が指し盛りになります」と答えている。それはピッタリと言い当てているのが現時点での将棋界である。新四段になってAクラスに入ってタイトルを獲るのには最低でも5年かかる。

 それ以外の棋戦は新四段でも、その年にタイトルが獲れるシステムになっている。それであっちもこっちも花が咲いたのである。

 続いて私は次のコメントをした。

「30歳が最盛期と言われる時代が来るでしょうが、それから10年くらい経つと『将棋は40歳が最盛期』ということになります」

 果たしてこの予想は当たるのだろうか。読者は私と同感と思っている人の方が圧倒的に多いのではないか。

 それでは強さとは何か。その持続力は何に起因するのか。これを分析してみたい。

 まずは羽生名人からだが森内竜王と共通しているものと、個々の秘密とに分けて考えてみる。

 将棋一途ではないという驚くべき共通項を示しておきたい。近頃の若い者に対する忠告でもあるから、この両者に追いつき追い抜こうと思っている棋士は良く一字一句、これから書くことを頭の中に入れておいてもらいたい。

 全く別の顔がある。

 羽生名人はチェスも強い。熱心でもある。タイトル戦の合間を縫ってヨーロッパに遠征して10日間ばかりチェス漬けの旅行をしたこともあった。森内竜王も同様である。彼は秒読みの最中にポーンで将棋の歩と同じように一歩前進して相手の駒を取って一躍チェス界の有名人になった。チェスのポーンは将棋と同じ動きをするが、駒を取る時だけは左右の斜めに取る。将棋で言えば歩と歩が衝突している局面は、角と角が向かい合ったのと同じである。先手の角が5五にいて、後手の角が5四にいたとしよう。先手が▲5四角と角を取れば大騒ぎの反則であろう。ポーンと歩の動きは錯覚しやすい。私はチェスは殆どしない。それは実戦で歩の動きに錯覚に近い違和感を持つことがあるからでもあった。この事を羽生名人に聞いたら全く関係しないと言われた。彼は私を少々馬鹿にしているかもしれない。

 佐藤康光はバイオリンを弾く。これがなかなかの腕前である。ゴルフも30台を出したと仄聞しているがどちらも趣味としては相当のレベルに達している筈である。

 谷川浩司は阪神淡路大震災の時に本領を発揮した。自ら金を出す以上に各種のイベントに参加し、あるいは自分が創り出し、多額の金を集めては被害者に届けた。

「自分が活躍している姿が、被害者の人達の励みになればと思って頑張ります」

 この一言は、自分自身も被害者である者の言葉であるから重味がある。

 盤外での一端を紹介したが、将棋に関してはどうか。これも又極めて大事な共通項がある。普及第一、ファン第一と肝に銘じている点である。彼等は研究や将棋盤に向かっているだけでは駄目なのを知っているのが偉い。

(中略)

 プロ棋界の将来も考え、ファンサービスも重きを置く。実はこれがタイトルが獲れるかどうかの差なのだが、実に良く配慮していると感嘆する次第だ。

(つづく)

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「今はそうかもしれません。ただ数年経てば全てのタイトルはA級の者が獲ります。それから10代の若者が一番強いと言いますが、あと10年経つと30歳くらいの年齢の者が指し盛りになります」

「30歳が最盛期と言われる時代が来るでしょうが、それから10年くらい経つと『将棋は40歳が最盛期』ということになります」

羽生世代が20代なら最盛期は20代、羽生世代が30代なら最盛期は30代、羽生世代が40代なら最盛期は40代。

羽生世代の年齢の変化を追いかける最盛期年齢。

平成元年の米長邦雄永世棋聖の予言は見事に当たっている。

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森内俊之九段は近年ではバックギャモンでも海外に遠征しているが、この頃は羽生善治棋聖と同じくチェスを熱心にやっていた。

羽生式上達法と森内式上達法

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今日は2004年当時の二人の共通点。

明日は、米長永世棋聖の言葉をそのまま使えば「個々の秘密編」。