久保利明五段(当時)「今の自分の課題はなんといっても序盤だと思います」

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将棋世界1995年5月号、昇級者喜びの声C級2組→C級1組、久保利明五段(当時)の「もっと上のクラスを」より。

 3月14日順位戦当日、別にいつもの対局の日と同じような緊張感で臨めた。昇級がかかっているからといってそれほど緊張はしなかった。

 今期の順位戦は、ほんとうに苦しかった。

 4戦目の丸田先生との将棋は終盤までずっと悪かったし、他にも途中まで不利というのは、ほとんどの将棋がそうだった。

 最終戦も自分では少し作戦勝ちかと思っていたのだが、それほどの事はなく中盤でだいぶ悪くなった。

 戦型は僕が四間飛車で平藤四段が穴熊だった。

 途中、多少普通の穴熊とは違っていたが、結局は予想通りの戦型になった。

 後の感想戦で指摘されたのは、図で本譜は△7七とと寄ったのだが、△5八銀と打たれたらはっきり悪いということだった。

久保

  ▲同金は△同歩成で、以下▲6七角は△4八と▲同馬△8八飛で、▲4七飛は△5七金と打たれても玉形の違いが大きい。

 対局中は▲同飛と取り△同歩成▲5三歩成と勝負するつもりだったが、△5九と▲5二と△同飛ではっきり一手負けしそうだ。

 本譜は△7七とと、と金を活用し普通に見えたのだが、▲同桂△同成桂▲9八角となり、まだまだ粘りがきく形になった。

 ここからまだまだ難しかったが、なんとか勝ち切ることができた。

 

 今の自分の課題はなんといっても序盤だと思います。

 序盤からもう少し安定感のある将棋を指せればと思います。

 今の力で次のクラスで通用するかどうかわからないけど、上がったからには更に次のクラスへとどん欲な気持ちで頑張りたいと思います。

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この頃の久保利明九段は、ほとんどの対局を四間飛車で戦っていた。

将棋世界同じ号の、神吉宏充五段(当時)の「今月の眼 関西」より。

 さて今月の一局は、その勝負師平藤四段と久保四段の一戦をご覧いただこう。

 C2の順位戦は最終局を迎えるまで昇級者が決まらないほどの大混戦。久保も9戦全勝しながら未だ決まらぬ昇級に焦りがあったはず。一番でも落とすと一気に奈落に突き落とされる恐怖との闘い…。

 その一番が何をやってくるかわからない平藤だけに、最もイヤな相手と思ったことだろう。

 この勝負、関西同士の対局で、平藤は昇級に関係ないし、緩めたのではないか、などと考える方がおられるかもしれないが、棋譜を見てもらえばそんな考えは吹っ飛ぶだろう。二人の男の激闘は語る。

「ボクはお前を上がらせるためにやってるんと違うんや、今日はとことん行くでえ!」

「ええ、わかっています。でもボクはアナタに勝って上がるしかないんですよ」

 将棋は先手の久保が十八番の四間飛車に決めれば、平藤はこちらも得意の居飛穴。序盤戦、機敏に動いた平藤がポイントを稼ぎ、中盤では「指しやすさ」から「有利」に展開した。

 しかしここからが久保の持ち味。粘っこく、しかも丁寧に敵の攻めの面倒を見て行く…。

「おかしい。簡単に決まるはずやったのに」

 平藤は焦り、手の調子が狂い出した。そうなると局勢は一変する。久保の安定した指し回しにいつしか勝てない局面になっていった。しかし敗勢に陥りながらも平藤はとことん抵抗した。1図は7七の成桂が8八に入った局面。9九の成桂を守るだけの涙が出てきそうな辛抱。形勢は大差だが、この一手に平藤の執念を見た。根性を見た。このあとも平藤は刀折れ矢尽きるまで投げなかった。

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 2図はその投了図。関西の期待を担う一人の男をC1に送り出した瞬間であった。

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久保利明五段(当時)の昇級者喜びの声に載っている図は77手目の局面。

神吉宏充五段(当時)が載せている1図はもっと前の局面と思いきや、124手目の局面。

終盤の入り口から中盤真っ只中に戻ったような展開だ。

お互いの負けられないという思いが局面に表れている。

星取り表だけを見れば全勝で順調に昇級したように見える久保五段だが、実際にはこのようにものすごい苦労を積み重ねた結果であることがあらためて理解できる。

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ちなみに、神吉五段のこの文章は、以前取り上げた記事からの続きとなる。

村山聖七段(当時)「いや、局面で判断してはいけません。何せ羽生先生ですから」