将棋マガジン1996年4月号、米長邦雄九段の「さわやか流・米長邦雄のタイトル戦教室」より。
王将戦の第3局は、萩山編集長と一緒に現地へ赴いた。七冠フィーバーを自分自身も直に触れてみたかったからでもある。私は福岡へ飛び、壱岐の島へ泊まりがけの小旅行をしてから大阪へ戻り、近鉄に乗り継いでの鳥羽入りである。
壱岐は長崎県だが、交通の便も経済圏も博多の中に組み入れられている。福岡空港からは空路で30分、博多港からフェリーでも2時間ちょっとである。この島へ渡った一番の目的は月読尊(ツクヨミノミコト)へのお参りであるが、これは将棋とは関わりがないのでさておき、次なる目的は、島内唯一の温泉に浸かる事であった。島の中には湯ノ本温泉なる天然温泉が湧いている。国民宿舎もあり、旅館もあるが、私の目指すのはその中での”高峰温泉”ただ一軒のみである。入浴料280円也を払って入る、いわば銭湯である。ここの女あるじの不愛想な事。私の生涯で出会った女性の中での最右翼であった。もしも、この女性を笑わす事が出来る人がいたら100万円差し上げます。女主人も印象的なら浴槽もすごい。湯治場とはかかる所を言うのだと言わんばかりの古めかしさ。ただし不潔というのではない。湯は常時湧き出ていて惜しげもなく流れ去ってゆく。湯加減も丁度良く、およそ1時間程ノンビリと身を沈めて徐々に温まるという、ぬる湯好きの私にはうってつけであった。
この温泉は諸々の病に効き目があるが、特筆すべきはハブに咬まれた傷に特効があることだ。
次の日も又入浴。風呂から出る頃になると疲れもすっかり取れて、今度は羽生に勝てそうだ、と思うくらい元気になる。
次の諸先生方にも是非お勧めしたい。
森下卓様(名人戦)
三浦弘行様(棋聖戦)
郷田真隆様(王位戦)
森雞二様(王座戦)
佐藤康光様(竜王戦)王将戦での谷川浩司様、棋王戦での高橋道雄様の今後はいかに?
入浴をお勧めしたい先生方が、各棋戦全て異なっている点に特にご注意あれ。
七冠フィーバーが起こるくらいであるからして現在最強の男と言えば、私を除けば羽生善治であるのは申すまでもない。問題はその次である。本来ならばもっともっとタイトル戦に登場してもおかしくない筈、と本人自身が忸怩たる思いでいる男が何人かいるのは当然だ。その筆頭はなんと言っても谷川浩司王将であろう。21歳で名人である。羽生名人といえどもこれからいかに頑張ったところでこの大記録だけは破る事は出来ない。50歳の名人も無理とは思うがね。
(以下略)
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米長邦雄永世棋聖が「次の諸先生方にも是非お勧めしたい」と書いているのは、この年度のタイトル戦で羽生善治六冠(当時)に敗れた挑戦者。
谷川浩司王将(当時)と高橋道雄九段は、それぞれ王将戦七番勝負、棋王戦五番勝負で戦っている最中。
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ハブに咬まれた傷に特効があるとは、厳密には、ハブに咬まれて血清を打って、然る後に入る温泉ということなのだろう。
ハブに勝つための温泉ではなく、ハブから受けた傷を癒やす温泉。
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とは言え、米長邦雄九段は、この年の9月の第17回日本シリーズで羽生善治六冠(当時)に、翌年4月に行われた竜王戦1組ランキング戦1回戦で羽生五冠(当時)に勝っている。
高峰温泉に入ってからの2連勝。
ハブ違いではあるが、高峰温泉のご利益が出た展開だ。
→長崎(壱岐)_湯ノ本温泉_高峰温泉(日帰り)(YOOMI’S至福温泉日記☆)