将棋世界1995年1月号、青野照市九段の「新・鷺宮定跡」より。
私が「鷺宮定跡」を発表して、10年余りになる。イヤ、実際に初めて指したのは五段の頃だったから、もう15年以上前から指していたことになる。
鷺宮定跡は山田定跡を進歩させたもので、特に後手番では仕掛けが不可能だった山田定跡を一歩進め、後手でも使える戦法にしたのは一つの意義だと思う。
しかし居飛車側の研究が進めば、対抗する振り飛車側の研究も進むのは当然の成り行きと言える。
昔は定跡書と言えば、居飛車を良しにする本がほとんどで、いわば振り飛車は悪役的存在であったのが、現在は振り飛車を良くする定跡書の方が多いくらいである。
それというのも、居飛車党は矢倉や腰掛銀等の相居飛車戦の研究に忙しいのか、一時は急戦で振り飛車に挑む棋士―特に若手―がいなかったのに対し、振り飛車党は着実に研究を重ね、急戦を打ち破る順を次々と発表してきたからにほかならない。
そこで今回から「新・鷺宮定跡」と称して、さらに定跡をもう一歩突っ込んで研究してみたいと思う。
振り飛車側の対策が進んでいるために、内容がやや高度になるのはある程度お許し頂きたい。
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私が中学生の頃まで、振り飛車側に立った本はほとんどなかった。
例えば1971年、(段位は当時)
松田茂行八段「新しい振飛車戦法」(鶴書房)
北村昌男八段「三間飛車戦法」(北辰堂)
加藤一二三八段「力戦振飛車」(大泉書店)
のような棋書があったが、これらはすべて振り飛車退治の本。
「将棋入門」のような本で紹介されている「三間飛車戦法」も、▲4五歩早仕掛けにやられてしまう三間飛車。
今から考えると、アマチュアの振り飛車党にとっては暗黒の時代だった。
この頃、振り飛車側から書かれた本は、
大山康晴名人の
「快勝 振り飛車で勝て」(池田書店)
「快勝 大山流振り飛車」(池田書店)
「将棋は四間飛車」(池田書店)
「将棋は中飛車」(池田書店)
升田幸三九段の
「升田の振り飛車」(弘文社)
「升田の中飛車」(弘文社)
「升田の向飛車」(弘文社)
だけと言っても良かった。
しかし、升田九段のシリーズは実戦譜の解説であり、また大山名人の本も、例えば居飛車5筋位取りに対する四間飛車の対策のような内容であったため、これから初段を目指そうという級位者が読んで即効性のある本では決してなかった。
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1971年に出版された大山康晴名人の「よくわかる振り飛車」(東京書店)が私にとっての初めての振り飛車の教科書だった。
級位者向けの内容だったのと、振り飛車側から能動的に動く(振り飛車側から攻める)戦型ばかりだったので、大好きだった三間飛車は、何度も何度も盤面に並べたものだった。
同じ年かその翌年、大野源一八段の「大野の振飛車」(弘文社)と升田幸三九段の「升田式石田流」(日本将棋連盟)が発売され、この2冊とも私にとっての宝物となった。
そういう意味では、1972年か1973年以降、振り飛車側から書かれた本が増え始めたのだと思う。
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私の振り飛車は、「よくわかる振り飛車」「大野の振飛車」「升田式石田流」の時代のままの昭和の振り飛車だが、今の時代でも十分に通用している。
すごい本だと思う。