「行方君はちょっと時間がかかったが、木村君は2期で脱出だから早い。新しいスターの誕生である」

将棋世界1999年4月号、河口俊彦六段(当時)の「新・対局日誌」より。

 C級2組の昇級争いは、少数激戦が続いている。それも、9回戦が終わればあらかた結着がつくだろう。昇級候補同士の星の潰し合いが2局あるから。

 その一局が杉本五段対木村四段戦。

 夕食休みのあと、控え室を覗くと田中(寅)九段を中心に数人が継ぎ盤を作っていた。並べられているのは当然、杉本対木村戦である。夕食休みのときの局面からどう指すかを調べているのだが、手が広くて検討の焦点がぼやけている。そこで私が5階へ見に行った。私も対局しているので、この後は来れないだろう。ついでに行方五段対佐藤(紳)四段戦も見た。どちらも特に変わったところはなく、ただただ真剣に指しているだけである。

 私が見たのは、9図から少し進んだところだが、9図の▲6六歩が好手だった。いずれ△4四角などと、後手の角が利いてくることを予想し、それに備えたものだが、▲6六歩は、玉のふところを広くして、味良く、手厚いのである。

 すんなり飛車交換をして、振り飛車側が指せそうだが、実は、居飛車有利なのだった。このあたり、木村君はいい気分で指していたとか。

木村杉本1

 9図から、△6三金▲4六角△3六歩▲4五桂△4二歩と進み、ここを私は見たのだが、明らかに先手がよい。木村四段は、勝ちを読み切るべく、長考していた。

 もう一つの注目局は、行方対佐藤戦で、こちらは長考あいつぎ局面は進んでいない。急所の場面は見れなかったので、最後の場面だけ、後日、行方君に聞いた感想によって再現する。

 10図は、先手が▲7五馬と一つ引いて受けに回ったところ。この手に最後の1分を使い、ここから両者1分将棋である。形勢は、後手がよい。

木村杉本2

10図以下の指し手
△7四香▲6六馬△6九銀▲7五歩△3三桂▲4八桂△7六歩▲同金△4五桂▲同歩△4七銀▲6八桂△7八銀成▲同玉△4八銀不成▲7三角△3八飛成▲5一角成△5九銀不成(11図)

 △7四香が強打。これを食らって行方君はよろめいた。取れずに▲6六馬ではいかにも辛い。

 この後は、▲7五歩、▲4八桂と頑張るが、△4七銀が不思議な攻めで、依然として後手がよい。

 しかし、この難しい局面を両者1分で指さねばならぬとは切なかろう。棋士としての生涯を左右しかねない一局なのだから。感想を聞きながら、ふと行方君に訊いた。「途中で時間を節約して、30分は残しておく、という気になれないものかね。最初から5時間30分の持ち時間と思っていればいいじゃないの」

「そうはいきません。私は序盤でも無意味な長考はしません」

 きっぱりと言った。

 ▲6八桂も空間を埋めた粘り。これに対し、△4八銀不成と取ったのが、当然に見えて疑問だった。△5八銀成とし、▲7三角に△2九飛成とすれば、佐藤四段が勝っていただろう。

 さらに、▲5一角成に△5九銀不成が急ぎすぎ。先に一手すきをかけて、こう指したくなるが、これが敗着となった。

木村杉本3

11図以下の指し手
▲2一飛△2二金打▲同飛成△同金▲4一馬△3二桂▲6九金△6八銀成▲同金△4六桂▲5七馬△5八飛▲6七馬△5七飛成▲同金△7九角▲7七銀△3七竜▲6八銀打(12図)まで、行方五段の勝ち。

 一瞬のすきを突いて、▲2一飛が生じた。△2二金合に飛車を切って▲4一馬と手順に逃げては逆転した。

 この後、△4六桂は根性を見せた一手。つづいて、△5八飛は迫力満点だが、▲6七玉で寄らなかった。

 こうして、行方五段は9連勝で昇級。これよりまえに木村四段も快勝し、同じく9連勝で昇級していた。これで二人ともエリートコースに乗ったことになる。行方君はちょっと時間がかかったが、木村君は2期で脱出だから早い。新しいスターの誕生である。

木村杉本4

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将棋世界同じ号の順位戦の頁より。

  鬼勝負の杉本-木村戦。木村はこの上位1敗の杉本を負かせばそのまま決まりとなる。

 一方杉本も、勝てば他の結果しだいで昇級となる。昇級決定戦だ。

 この将棋は、杉本の四間飛車に木村は急戦の積極策。それが図に当たり木村快勝。うれしい初昇級となった。

 続いて行方-佐藤紳戦。

 行方も勝てば他の結果しだいで上がれるという形。

 佐藤の方は先月号で説明した通り、道のりは遠いが、とにかく勝つしか道はひらけてこない。

 佐藤優勢で進んだ将棋は、そのまま押し切るかに見えたが、さすがに粘りなら天下一品の行方将棋。決め手を与えない。

 徐々に難しくなったこの将棋、流れを再び変えることはできなかったか、佐藤無念の投了。

 と同時に行方待望の昇級…。いや、昇級というよりは、C2脱出、といった方が行方にはぴったりか。

 三つめのイスは、勝又と杉本、2人だけの争いとなった。他の者はいっさいからまない。一気にシンプルな図になったものである。

 勝又は大島戦に全てを懸ける…。

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この時、C級1組への残り一つのイスは、勝又清和四段(当時)が奪い取っている。

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奇しくも、奨励会時代から仲の良かった木村一基四段(当時)と行方尚史五段(当時)が、最終局を待たずして共に全勝でC級1組への昇級を決めている。

河口俊彦六段(当時)が「行方君はちょっと時間がかかったが、木村君は2期で脱出だから早い。新しいスターの誕生である」と書いているのが、今読むととても感慨深く思える。

この年、同年齢では、三浦弘行六段(当時)がB級2組への昇級を決め、1歳年下の鈴木大介五段(当時)が竜王戦の挑戦者となっている。

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1999年といえば、『ノストラダムスの大予言』で人類が滅亡するといわれていた年。

三浦弘行九段も行方尚史八段も木村一基八段も、ベストセラーとなった『ノストラダムスの大予言』が出版された年度(1973年度)に生まれている。

ノストラダムスの大予言とこの3人の活躍に何の因果関係もないが、そのような関係にはなっている。