初代・封じ手事件

将棋世界1979年2月号、船記者の第28期王将戦第1局〔加藤一二三棋王-中原誠王将〕観戦記「中原、駿足の寄せで先勝」より。

 誰が挑戦者になると中原はいやな気がするだろうか。どうも中原を打ち破るには、技量だけをぶっつけたのでは駄目なようなので、リーグ戦中、あれこれ考えた。まず、筆頭は森八段だろう。名人戦では、ずい分いやな目にあっている。頭を剃ってびっくりさせたり、悪罵の数々。次に加藤棋王。終盤のカラ咳、ちょっと席を立つと回りこんできて、相手の方から盤面をのぞく。千日手はへっちゃら……。大内八段も、こと勝負に関しては好きになれないだろう。打倒中原をむき出しにしている。

「私も人の子ですから、カッとすることはありますよ」。名人戦が終わってだいぶ経ってから、中原は当時を思い出して、笑いながら言ったことがある。”憤兵は勝たず”である。中原がカッカッしているときは、すごく追い込まれた。ところが中原は精神的に立ち直った。「森さんは強い」と思ってからは本来の自分を取り戻し、危機を切り抜けた。

 さて、今度の王将戦だが、挑戦者はすんなり加藤に決まった。これは面白いと思った。一時は中原にどうしても勝てない時期があったが最近は違う。一番はっきりしたデータは棋王戦で3-0の圧倒的スコアのもとに中原の挑戦をしりぞけたことだ。その直後のNHK杯決勝では中原が加藤を破って優勝しているが、タイトル戦では中原五冠、加藤一冠と六冠を分け合っている。

(中略)

 中原の△2二銀はカベ銀の悪形だが、こうしないと端が受からない。加藤が▲3七桂~▲1七香~▲1八飛の連続3手に3時間近く使ったので、日はとっくに暮れて△2二銀に加藤がまたまた考えているうちに、5時半の封じ手時間が近くなった。さあ、これで次の一手が封じ手で、きょうはおしまい、と皆が支度していると、何と数分前に加藤はピシッと▲7六銀。一瞬、異常波が対局室に飛びかった。封じ手ギリギリに指すことは実際上、珍しい。これで、きょうはおしまいと思っている所へ指されて、さあ、考えて指しなさいと言われたのだから、中原が一瞬、動揺したであろうことは想像にかたくない。加藤としては、意識的にやったのではないかもしれないが、それは静かな水面に投じられた一石に似て、波紋が広がった。

 中原加藤

 中原は、おしぼりを歯痛患者がするように頬にあて、首をかしげながら、考えこんでしまった。電灯のせいか、顔色もますます青白い。一種凄惨なムードである。

 一向に中原は指さない。トイレへ一度立ち、約1時間過ぎた6時半頃、席を立って帰ってこない。午後7時になっても封じ手をしないときは、いったん8時まで休憩して再開するのが規則である。それはたまらないなあ、というのが盤側の、言っちゃいけない心の内で、みんなハラハラしている。7時10分前、中原は席に戻り、座布団の前に置いた腕時計を眺め、盤側をチラと見て、ニヤリとした。私には(指しますよ、心配しないでください)と言っているように聞こえた。中原はしばらくして「封じましょう」と言った。6時54分であった。

 中原は部屋へ戻って気を鎮めたのではないかと私は思う。名人戦の苦い経験をかみしめ、冷静に冷静にと、自分に言い聞かせて戻ってきたのだろう。封じ手としては決して難しいところではなかった。スポーツニッポンから特派された東大将棋部の幹事長、谷川俊昭君が「私ならこう指す」と紙上に書いた手と、まったく同じであった。

 二日目の朝、寒気は一段ときびしい。

 立ち会いの山本武雄八段が開いた封じ手は△8六歩。

 ほかにこれといった手は見当たらない。

(以下略)

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1996年の名人戦第1局〔羽生善治名人-森内俊之八段〕でも、森内八段が封じ手時刻直前に指して、関係者が凍りつくということがあったが、この時は羽生名人が短時間で封じている。

「封じ手事件」の真相

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3図から△8六歩ではなく△7五歩は、▲6五銀△同銀▲同歩のあと、▲4六角を狙われて後手が良くないという。

封じ手の△8六歩は、「ほかにこれといった手は見当たらない」と書かれているように、3図は後手にとってそれほど長考が必要ではない局面。

そこを中原誠名人は87分の時間をかけて封じている。

やはり、気を鎮めるには時間が必要だったのだと思う。

合理的に考えれば、そのような理由で持ち時間を減らすのは勿体無いので封じた後に気を鎮めれば良いのでは、とも思えるが、盤上で起きたことは盤上に向かっているうちに気持ちの整理をつけなければ解決にならないということなのだろう。

あるいは、平常心で指さなければ悪手を指す可能性があるので、平常心に戻るまで時間をかけたとも考えられる。

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大山康晴十五世名人全盛の時代(1971年以前)は、封じ手時刻直前に指すというようなことは起こり得なかった。

2003年竜王戦挑戦者決定戦第2局の打ち上げの席で、中原誠十六世名人が楽しそうに話してくれたこと。

「大山先生とのタイトル戦のときは参っちゃったよねえ。1日目の午後4時頃、封じ手にしようと言うんだよね。どうせ1日目なんだから、早くやめて麻雀にしましょうよって。記録係の子に時間は適当に計算して加えておいてって。そりゃ大山先生は1日目は美濃囲いに囲うだけだからいいんだけど、僕は居飛車だから1日目からもの凄く考えなきゃいけないんだよね」