将棋世界1984年10月号、銀遊子さん(片山良三さん)の「関東奨励会報告」より。
夏の奨励会は、暑さとの戦いでもある。いかに全館冷房の将棋会館とても、これだけの数の人間が集ってウンウンうなれば、30度ぐらいは当然覚悟しなくてはならないのだ。
田畑や伊藤(能)などは、舌をダラリと出して「ハァハァ」とあえいでいるではないか。これでは思うように指し手が進まないのも仕方がないわけだ。
逆に、暑さにはめっぽう強い者もいるものだ。鈴木桂一郎1級がその代表選手である。
これしかないという冬物のブレザーをしっかりと着込み、ネクタイもきっちりしめている姿にまず感心させられるが、おまけに熱いお茶をうまそうにすすりながら「そんなに暑いしゅかぁ」とのたまうのだから、相手はイヤになるはずだ。11勝3敗と大きく勝ち込んで、誰もが入段は確実だと思ったのだが……。
鈴木の昇段手合は、不運にも有段者と当たることになってしまったのである。ことわっておくが、相手が強いから不運なのではない。段の部屋で戦うことになったのが鈴木にとっての不運なのだ。計ったわけではないが、段の部屋と級の部屋では気温が5度違うといわれている。詰め込まれている人間の数に大差があるからだ。
涼しい部屋で戦うハメになって鈴木の持ち味は半減である。一局めを羽生に簡単に負かされて、二局めの対小池(裕)戦に残されたチャンスをかけることになった。
1図がその終盤である。
鈴木がうまく指していて、ここではわずかに良い。しかし、▲6五香△6三歩▲9五歩という三手がひどかった。鈴木は、香を打って歩切れにさせ、それから端を攻めて安全勝ちと読んだらしいが、数手進んでみると打った香がデクノボーであることがはっきりする。
▲9五歩に△4五角が当然ながら鋭い反撃。▲5五飛に△6七角成と切られ、▲同金△6九金▲7八金△5八銀と進んで2図。
次の△6七銀成が厳しいが、▲7七金寄とすると△6八金▲同金△6九銀成がひどく、適当な受けがない。あっという間の逆転で、鈴木はチャンスを棒にふってしまったのである。
1図では単に▲9五歩で良かったのだった。涼しさに負けた、鈴木の残念譜であった。次回の奮起に期待しよう。
(以下略)
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暑い部屋で熱い日本茶を飲めるというのが凄い。
結果的に、相手に対する極めて合法的な盤外戦術にもなっている。
寒い部屋で薄着、では対局相手も気にならないだろうが、暑い部屋で厚着は見ているだけで暑さが増してくる。
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鈴木桂一郎1級(当時)の奨励会時代のエピソードは暑さがらみでいろいろとある。