将棋世界2001年5月号、三浦弘行八段(当時)の昇級者喜びの声(B級1組→A級)「他力昇級」より。
鬼のすみかと言われるB級1組。確かに凄いメンバーが揃っていて、自分はこの中で果たしてどれくらいやれるのかと開幕前から非常に不安な気持ちがあった。案の定、初戦から負けていてもおかしくない苦しい将棋が続いたのだが、内容とは裏腹に5戦目までは一度も黒星がつかなかった。おまけに他棋戦まで結果オーライの将棋が続いた。傍目には絶好調に見える成績とその内実との差は、他人には分からなくても自分自身は知っていたはずだった。しかし勢いに身をまかせて目をつぶってしまった。
6局目の郷田八段との一戦は、終盤有利に立ったかと思ったが、見た目程良くなく、端攻めを凌ぎ切れずに敗れた。
一つ負けると途端に尻に火がついた感じで、態勢を立て直す間もなく、続く南九段戦にも敗れた。この頃から他棋戦も負けが込み始め、一時期の異常な高勝率が、順当といえば順当な勝率に落ち着き始めた事に、妙に納得したものだった。
8戦目を何とか勝ち、迎えた9戦目の井上八段との一局は、自分で書くのも変だが、壮絶な将棋だった。終盤に入ってから百手以上も指し続け、双方秒読みの中、私の玉に二度も詰みがある局面が生じたが、指運で逆転勝ちをした。
10、11回戦を何とか勝ち切り、抜け番を挟んでの最終局。3人に絞られた昇級枠の中で、私は数字上一番有利に立っていたが、そう思う事自体危ないと考え、自分が勝たなければ昇級出来ない覚悟で臨んだが、高橋九段の巧妙な指し回しに終始苦戦を強いられて、結局敗れた。
意気込みに比べて、余りにもひどい内容に、これで昇級出来る訳がないと自分に言い聞かせながら感想戦を始めた。
終わりごろ感想戦を見つめていた人の空気が昇級成らずと私に言っている風に思え、”自分で勝たなきゃ駄目だよな”と納得しながら部屋を出た。その直後に昇級を知らされ非常に驚いた。あきらめていた気持ちがひっくり返り、”こんなこともあるのか”と自分では信じられなかった。取材の最後に将棋世界編集部から、「翌日写真撮影をお願いします」と言われた時に、ようやくこれは胸を張れない事だと思い、出来れば断りたかったが、編集部の都合でそれは出来なかった。勝てなかった自分が悪い。
とにもかくにもこれで来期はA級で指す事になった。苦労するのは必至だが、全力で頑張るしかないと思っている。
最後に応援して下さった方々に誌上をお借りしてお礼申し上げます。
有難うございました。
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将棋世界2001年5月号グラビア「特集・棋士たちの栄誉と生活をかけた熱闘」より。
八段 三浦弘行
3年連続の昇級でA級入りを決めても表情が今一つ固い三浦新八段。感想戦終了後に逆転昇級の事実を知らされた時も信じられない様子だったのも無理はない。来期A級順位戦は藤井・三浦の殴り込みで大変になるぞ!
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「傍目には絶好調に見える成績とその内実との差は、他人には分からなくても自分自身は知っていたはずだった。しかし勢いに身をまかせて目をつぶってしまった」
このような自分で納得できない中期的な状況の中で、最終戦での意気込みと結果とのギャップ。
A級に昇級はできたけれども、自分自身の中では、胸を張れないと思う気持ち。
対局翌日の今ひとつ表情が晴れない写真にそのことが映し出されている。
もっと喜んでもいいのに、と思うのだが、そうではないところが、将棋一途で真摯な三浦弘行九段らしいところ。
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「自分で書くのも変だが、壮絶な将棋だった」が微妙に可笑しい。