関根茂九段が2月22日、老衰のため亡くなられた。享年87歳。
→関根茂九段が死去、87歳 農林技官からプロ、異色の棋士(産経新聞)
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1999年の月刊宝石、湯川恵子さんの「将棋・ワンダーランド」より。
関根ご夫妻はしょっちゅう口喧嘩するほど仲がいい。茂九段は昭和4年生まれ。国家公務員から棋士になった。紀代子女流四段は15年生まれ。やはり在野から女流プロ入りした。お二人とも現役でそれぞれ最高齢だ。
「いつの間にか、ねぇ」
「散歩が楽しくてね。仕上げは決まってカラオケなのよ」
何かのパーティの帰り道、喫茶店でそんな話になって、
「紅葉の季節に誘いますよ」それが実現、歩いた歩いた。素晴らしい一日だった。
朝、京成線柴又の駅に集合。茂九段はスタスタ改札を出てきたが、紀代子四段は……スタンプ台の所で何やら没頭。「湯川夫妻にね僕ら色紙を合作したんですよ。あちこちでスタンプ押すって計画でさ。それでまた朝から喧嘩、ハハハ」
「この人スタンプへたなのよ、曲がっちゃうし。押す場所のバランスとかもあるんですよ」柴又の帝釈天→寅さん記念館→山本亭でお抹茶→矢切の渡し→松戸で伊藤左千夫の「野菊の墓」公園。市川ではお馴染みの寿司屋→甘味喫茶でお饅頭。そして夜は予定通り歌いまくり。お二人ともプロ歌手の特訓を受けた方だ。
長い年月には口喧嘩もできない緊迫した時期もあったろう。いま青春時代を取り戻しているようだ。私は紀代子さんと老人介護の話で意気投合した。夫の親と同居する嫁。私はオタオタの現役だが紀代子さんは見事卒業した方だ。
昨年忽然とレディスオープントーナメント決勝に踊り出た。特にその準決勝は、関根門下の若手スター矢内理絵子三段に勝ったもので”還暦の大活躍”と話題になった。
今期も勝ち進んで準決勝の相手は斎田晴子女流名人。必勝形だった。終盤、図の局面で△3七香成。これでも勝ちだったが自らポカに気付いてしまった。「あ~、ひどかった」
指が途中で止まったのだ。3八香成なら、必至。女流名人は受けがなかったのである。
まったくそそっかしい。私がむかし一発でファンになったのはある将棋道場での風景。彼女がラーメンの出前を注文した。一局おえて、ラーメンまだぁ?実はとっくに届き彼女はすでに食べ終わっていた。
そういえば香車にまつわる反則負け事件もあった。女流プロ棋戦で、服の袖が右下隅の香車を落とし偶然駒台にのっけた。彼女は持ち駒として使った。相手もずっと気付かず……記録係の報告を受けた将棋連盟は処置に困り茂九段に電話した。
「僕も参りましたよ。ねぇ」
当時連盟の理事を勤めていた茂九段、江戸川を眺めながらなつかしそうに笑った顔は仏さまみたいだった。
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関根茂九段は飯野健二七段、泉正樹八段、北島忠雄七段、千葉幸生六段、佐々木慎六段、田中悠一五段、矢内理絵子女流五段、神田真由美女流二段の師匠。
順位戦A級在籍は3期。私が子供の頃はNHK杯戦の常連で、すぐに顔と名前を覚えた棋士だった。
謹んでご冥福をお祈りいたします。