将棋世界2002年8月号、河口俊彦七段(当時)の「新・対局日誌」より。
これまで、実力がありながらタイトルを取れず、不思議がられていた棋士が二人いて、一人は森内名人。そうして残ったのが森下八段である。
実力と精進が報われる流れになったのかな、と思って星取表を見ると、竜王戦で勝ち上がっている。早々と本戦出場を決めて、つぼみがふくらんだ感がある。
この日は1組決勝で、藤井九段と対戦するが、藤井九段も、井上八段、丸山名人(当時)、佐藤王将を連破しての決勝進出だから立派なものだ。竜王戦は、本拠地の試合みたいな気持ちで戦っているのだろう。
(中略)
決勝戦なので、第二対局室に竜王戦の控え室が設けられている。行って見ると、関係者10人くらいが経過を見守っていた。
深夜12時を過ぎたあたりでは、森下やや有利という評判だった。序盤の見所は4図の場面で、△3五歩と桂頭を攻めたのに対し、森下八段は平然と同歩と取った。これにはみんなびっくり。△3六歩が見えているからだが、その△3六歩には、▲2四歩△3七歩成▲同角△4五桂▲4六角△5七桂成▲同角と応じ、銀損でも先手がよい。次の▲2三歩成が防ぎにくいからだ。
藤井九段も△3五歩と突いたとき、▲同歩と取られる手は浮かんだだろう。しかし、まさか取るまい、とも思った。そうして決行したのだが、▲同歩と取られて、△3六歩と打てず、△5一角と指した。ここで森下八段がポイントを挙げ、この利をすこしづつ大きくして行く。すなわち森下ペースである。ここから少し手順を飛ばして5図。着実に桂頭を攻めているあたりが、森下八段らしいところ。
5図以下の指し手
▲1四歩△4四歩▲1三歩成△4五歩▲2三と△2七銀▲3二と△3六銀成▲2一飛△5一角▲4五桂△6五飛(6図)先手は桂と取って1筋を破り、後手は銀を取って攻め合いになったが、▲2三と、を食らったのは痛い。△4五歩では、△1三同香と取る方がいくらか勝った。
銀を取って△2七銀で、いちおう飛車を殺したが、どう見ても後手がいいはずがない。
(中略)
本題に戻って、△6五飛は藤井好みの一手で、これで粘れると思っていたらしい。
6図以下の指し手
▲5七桂△6三飛▲6四歩△同飛▲8六角△8四飛▲4一と△6二角▲4二と△4四角▲4三と△同金▲7七桂(7図)▲5七桂が決め手。森下八段は「重くて気が利かない手ですがねえ」と照れたが、ここでは長所の方が出た。相手がいいと思った手に反応して、それをたいした手にしてしまうあたり、森下将棋は、藤井将棋に相性がよいのだろう。
藤井九段はこれを見てがっかりした。力なく△6三飛だが、▲6四歩△同飛▲8六角と絶好の手順が生じ、勝負はここで終わった。
7図以下、△6七歩成▲同金△4七成銀とやったが、そこで▲6二歩の手筋があり、△7一金▲5二銀で、きわめてわかりやすい。
終了は午前1時46分。完璧な勝ちっぷりは、これからの森下八段の快進撃を予感させる。ただ、過去の1組優勝者の本戦での成績はあまりよくないそうである。
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歩得に非常にこだわりを持つ森下卓九段らしさ全開の4図からの▲3五同歩。
本当にみんながびっくりする手だ。
もちろん▲同歩として不利になるのなら、さすがの森下八段(当時)でも▲同歩とはしないとしても、歩得に非常にこだわりを持つからこそ4図からの▲3五同歩を発見できたのだと思う。
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「過去の1組優勝者の本戦での成績はあまりよくないそうである」
これは、「竜王戦1組優勝者が挑戦者になったケースが一度もない」ということで2011年夏までは将棋界の七不思議として数えられていた。
これを打ち破ったのが2011年1組優勝だった丸山忠久九段が挑戦者になったこと。
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しかし、その後、1組優勝者が挑戦者となったのは昨年だが、これは三浦弘行九段から丸山忠久九段に挑戦者が変わったことによるもの。事実上は1組3位の三浦弘行九段を挑戦者と見るべきなので、1組優勝者が挑戦者になったのは竜王戦29期の歴史の中で2011年の丸山九段の一度だけということになる。
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2000年以降の竜王戦で挑戦者となった組・順位は次の通り。(☆は竜王位奪取)
2000年 1組2位
2001年 1組3位 ☆
2002年 2組優勝
2003年 1組3位 ☆
2004年 4組優勝 ☆
2005年 1組3位
2006年 1組3位
2007年 1組2位
2008年 1組5位
2009年 2組優勝
2010年 1組3位
2011年 1組優勝
2012年 1組4位
2013年 1組2位 ☆
2014年 3組優勝 ☆
2015年 2組2位 ☆
2016年 1組3位→1組優勝
こうやって見ると、1組3位が6回と圧倒的に多い。次が1組2位の3回。その次が2組優勝の2回。
1組3位、1組2位、2組優勝が決勝トーナメントの右側の山にすべて位置されていることも興味深い。
今期の1組3位は丸山忠久九段。ここにも丸山九段が出てくるところが凄い。1組2位が羽生善治三冠、2組優勝が稲葉陽八段。
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今期の決勝トーナメントの左側の山、増田康宏四段(5組優勝)-藤井聡太四段(6組優勝)戦は非常に大きな注目が集まる一戦。
19歳と14歳、二番目に若い棋士と一番目に若い棋士の戦い。
非公式戦での敗北とはいえ、雪辱に燃える増田康宏四段。
今から楽しみでならない。