郷田真隆九段「佐藤君と付き合った方がいいよ」

昨日からのつづき。

将棋世界2003年3月号、「棋士たちの真情 天運、天性、天命 ―佐藤康光棋聖・王将」より。記は松本治人さん。

 佐藤は大きな勝負に負けると「泣く」という。先崎学八段の著書『浮いたり沈んだり』の一章である。

 時代を彩る人気棋士は、いつも名文家に恵まれる。升田幸三には東公平、中原誠に高林譲二、米長邦雄に河口俊彦、谷川浩司に中平邦彦。そして佐藤には先崎学。『浮いたり沈んだり』には純粋、純情、直情径行な佐藤の素顔が余すところなく綴られている。一読すれば誰もが、佐藤のような友人を欲しいと思う。一流棋士でありライバルである先崎に、ここまで魅力的に書かせるのも佐藤の実力か。

「今は泣きません。たまにあるかな(笑)。先崎さんは1歳年下だけど、人生は彼の方が何年分か多く生きているような気がしますね」

 森内名人の結婚式では友人代表としてスピーチした。約20年前、島八段から「研究会を始めたい」と相談の電話を受けたとき、「島研」結成に佐藤を推薦したのは森内だった。

「後で『郷田くんと言おうか迷った』と言われました(笑)。昔からすごく積極的でしたが、それが今は前面に出ているような気がします。そういうところが名人獲得につながったと思います」

 佐藤にはちょっと近づきにくい雰囲気もある。恵まれた家庭に育ち、幼児からバイオリンを習い、ゴルフ誌へのエッセイ歴は本誌自戦記より長い。絵に書いたようなエリート人生だが、実際は「人生意気に感じる」タイプの人情家だ。端からは、もう少しずるく立ち回ってもいいのではないか、と思わせるタイプ。森内は佐藤を「あんないい人はいない」と言っては、ちょっと憂い顔になる。

「タイトルは私の方が早かったですが、棋戦優勝は森内さんの方がずっと早く、羨ましいと思っていました。研究仲間でしたし、何かが分かち合える、一番近くで意識していた相手です。向こうはどう思っているか分かりませんが。気は合っても読み筋はなかなか合いません(笑)」

 読みが合うと感じたのが郷田九段との棋聖戦だった。

「相手を見ずに盤上だけで勝負したのに近いシリーズでしたね。将棋のつくり方はかなり違うんですが、結構読み筋はあった。郷田さんの方が本格派ですね。潔さというか、美しさというか」

 同じ世代ながら、佐藤と郷田は社会的な価値観やライフスタイルが違っていそうだ。郷田と親しいある若手は、郷田から「佐藤くんと付き合った方がいいよ」と諭された(?)という。

「郷田将棋に比べ、僕の方がどちらかというと派手な要素が多い気がします。こちらは少し曲がっているというか。自分では正しいと思っているのです(笑)」

 棋聖戦では連敗した後、ある関係者から「松山(第4局の場所)に行きたいです」と頼まれた(!?)という。形を変えた激励でもあっただろうが、珍しい。佐藤と接していると、何かしら不思議な親近感がわいてくるものらしい。以前の名人戦でも本人の意思にかかわらず、後輩たちがどんどん祝勝会の準備をしていたという。「タイトル戦中でも、あまり気を使ってくれない」と苦笑する。

(つづく)

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佐藤康光九段と郷田真隆九段、共通点は正統派紳士で人情家であることなど様々あるが、たしかにライフスタイルや趣味はかなり違っていそうだ。

「佐藤くんと付き合った方がいいよ」は、飲みに行った酒場でサイコロを振るようなゲームで遊んでいる時に、郷田九段が若手棋士に自戒気味に語った言葉のように思える。

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島朗五段(当時)は1985年、森内俊之二段(当時)に声をかけて研究会を始める際に、もう一人の人選を森内二段に任せている。

このとき、森内二段の頭の中にあったのは、佐藤康光二段(当時)と郷田真隆二段(当時)だったと言われている。

羽生善治四段(当時)が島研に参加するようになるのは1987年から。

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”森内は佐藤を「あんないい人はいない」と言っては、ちょっと憂い顔になる”

今年の1月、NHK杯戦の千田翔太六段-佐藤康光九段戦を観戦した時のこと。

解説の森内俊之九段がリハーサルの時に、佐藤康光九段について「面倒見の良さと人の良さには定評があります」と紹介して、副調整室内は笑いに包まれた。

森内九段は、本番では「面倒見が良く棋士に慕われています」と表現を変えていたが、この頃は佐藤康光九段が日本将棋連盟会長に立候補することを決めた直後と思われ(発表はまだの頃)、そのことを知っていた森内九段が(こんな大変な時期に引き受けて、佐藤さんは人が良すぎるんだから)という気持ちでリハーサルでそのような感想を述べたとも考えられる。

森内九段が4月に理事選に立候補したのは、いくつかの条件が重なったからだが、頑張っている佐藤会長を助けなければ、という動機も大きかったと思う。

森内九段理事選立候補の報道を目にした時、その男気に、私は鳥肌が立つ思いだった。

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「一流棋士でありライバルである先崎に、ここまで魅力的に書かせるのも佐藤の実力か」。

『浮いたり沈んだり』よりもずっと前の時代になるが、先崎学九段に書かれた佐藤康光九段の事例は次の通り。

1998年、佐藤康光八段名人挑戦権獲得前夜

佐藤康光九段の中学生時代のニックネーム

佐藤康光八段(当時)の逆襲

佐藤康光八段(当時)の災難

 

 

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