『羽生の頭脳』に書いてある手とは違う手を指した羽生善治四冠(当時)

将棋世界2005年8月号、第63期名人戦〔森内俊之名人-羽生善治四冠〕シリーズ後半を振り返る「最終局は棋士人生を占う大一番」より。青野照市九段と島朗八段(当時)の特別座談会。

―森内名人の3連勝で迎えた第5局は相横歩取り戦法でした。

青野 第4局の快勝で、森内さんがこのまま押し切るのかと思っていたんですが、この第5局に相横歩取りを持ってきたのはちょっと驚きました。

島 私達の認識では「横歩取り」と「相横歩取り」は全然違うんですよね。横歩取りは力も出せるしテクニックも出せるしいろんな要素があるんですが……。

青野 相横歩取りは、持ち時間9時間の将棋で持ってくるような将棋ではないし、研究すれば後手がよくなるという将棋でもない気がするんです。

島 いわゆる一発屋戦法というか。

青野 30秒将棋なら、やられて慌てることがあるかもしれませんけど。

島 羽生さんにとっては、前局の完敗で非常に辛い状態での対局だったので、この戦型はありがたかったと思います。

青野 森内さんにしてみれば、急戦で早く決着をつけたいという気持ちもあったかもしれません。しかし、変な言い方ですが、フルセットにもつれこんで最終局でもし後手番になったときには、絶対にこの戦法をやることはないと思うんです(笑)。

島 相横歩取りは名人戦史上初めての戦法ですが、やっぱり出て来ないだけの理由があるんです。

青野 6図はいちばんオーソドックスな局面です。ここで森内さんは△8六歩と垂らしました。私もこの手はあると知ってはいましたが、実際に実戦で現れたことはないようですね。

島『羽生の頭脳9』(羽生善治著・日本将棋連盟刊)に書かれているだけですね。私もパソコンで調べてみましたがないようでした。

青野 この△8六歩を、森内さんは試してみたかったというのは分かるんですけど……。

島 この△8六歩に対して『羽生の頭脳』では▲8八歩でした。それでも先手が悪くなるとは思えないんですが、羽生さんは▲8六同銀。(局面を)良くしに行ったんですね。

(以下略)

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森内俊之名人(当時)の△8六歩は11分、羽生善治四冠(当時)の▲8六同銀は14分、以下、△7三角110分▲同角成68分△同桂▲7七銀という展開。

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この時期は『羽生の頭脳』出版から10年ほど経っている。羽生四冠が本に書いた手を指さなかった理由としては、次のようなことが可能性として考えられる。(1から可能性の高い順番)

  1. 森内名人が研究してきていそうだから手を変えた
  2. 当時から10年以上経っており、その後の研究で▲8六同銀の方が良いと判断していた。
  3. ▲8八歩と書いたのを忘れていた。

どちらにしても、過去の著書にとらわれることなく、是々非々、臨機応変現場主義、自由に指すのが一番良い方法だと思うし、▲8六同銀はそういう手だと思う。

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それにしても、6図から△8六歩は、放っておくと△8七歩成▲同金△7八角が狙いなのだろうか。

相横歩取りは恐ろしそうだ。

 

「『羽生の頭脳』に書いてある手とは違う手を指した羽生善治四冠(当時)」への1件のフィードバック

  1. お初にお目にかかります。

    この局面、△8六歩に▲同銀と取るのは、以下△7三角▲同角成△同桂▲7七銀△3三桂で、「一歩得する間に両桂を活用されて先手つまらない」が他でもない「羽生の頭脳」の解説になっているのですが(▲8八歩は先手よしの解説)。
    可能性としてはもう一つ、「▲8八歩の変化に嫌な手があった」というのもありそうですね。

    ちなみに第14期竜王戦の第3局でも、羽生氏は「羽生の頭脳」で先手指せると書かれた変化を選ばず、先手不利と結論した変化を選んでいた記憶があります。当時のNHK将棋講座の幹線金によると、先手指せる、と書いた変化の方に嫌な手があったようです(ただし、その手は第16期竜王戦第1局で出たはず)。

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