林葉直子女流王将(当時)「私、植山さんにずっと嫉妬していたんですよ」

将棋マガジン1990年8月号、中井広恵女流王位(当時)の第1期女流王位戦五番勝負(対 林葉直子女流王将)第3局自戦記「彼女のこと……」より。

 それは、いつもとかわりない目覚めだった。朝の強い日差しに加え、長袖のチェックのパジャマは、もう暑すぎる。

”リリーン、リーン”

「もう、朝っぱらから、誰!!」

 眠い目をこすりながら電話に出る。

「おめでとう、よかったね」

 そうだ、タイトルを取ったんだと。

(中略)

 彼女は言う。

「私、広恵がうらやましい」と。

 きれいで、多才な彼女が、そう思ってくれてる事が一つあるらしい。それは何でもズバズバ言う性格。人にたのまれると”イヤ”と言えない彼女には、信じられない事なのかもしれない。

 何から何までまるっきりタイプの違う彼女と私。なのに10年間もつき合っていられるのは、今まで歩んできた道のりが似ているからだと思う。対局が終わってから、何もなかったかのように二人で遊んでいられるのも、彼女だからだろう。

(中略)

 トレンディーな街、神戸―。

 ガラス張りで、つけ根からポッキリ折れてしまいそうな位細い、新神戸オリエンタルホテルは”いかにも”という感じがする。フロントでキーをもらい、エレベータに乗ったまではいいのだが、さて困ってしまった。私の泊まる30階を押したが、ランプがつかないのだ。仕方なく、1階下の29階で降りて、聞いてみた。

「30階へ行きたいんですけど…」

「どういう御用ですが?お泊りの方とはロビーで…」

「あの、私今日、30階に泊まる事になっているんですけど」

「あっ、失礼しました。エレベータに乗られますと、左側にカギを差し込む所がありますので、お部屋のキーを使ってください」

 話を聞くと”30階、31階、37階”はVIPルームになっていて、部屋のキーを持っている人でないとその階には行けないらしい。

 もちろん彼女は31階に泊まった。

(中略)

 神戸での前夜祭は、いつになく賑やかだった。立会いの若松先生、内藤先生をはじめ、神戸の棋士の方々が盛り上げてくださったおかげと感謝している。谷川名人も”勉強に来ました”とジョークを言っていたが、名人戦の最中なのに来ていただき、うれしかった。

 この日は買い物をして、早く床についた。彼女はホテルのバーでカクテルを楽しんでいたようだ。部屋のカギは……と……。

 あれは第2局の福岡での対局の時だったろうか?前夜祭が終わり、外へ出たのだが、気がつくと部屋のカギがない。かなり捜したが見つからずフロントへ行った。

「中井様でございますね。カギがトイレに落ちていました」

「あっ、…すみません…」

 ハッキリ言って私はドジだ。家で”ドジ恵”と呼ばれるのも納得できる。そういう意味では、10年間のつき合いで、どうやら彼女も似た様な部分があるらしい。

「部屋のカギが―」

 と叫んでいるのを何度も聞いている様な気がする。

 彼女はこの袖飛車を愛用している。

「いつも同じ戦法であきないの?」

「あら、だったら勝ってみなさいョ」

 口には出さないが、こんな会話をしているように、お互い顔を見合わす。

 対策を立ててきたつもりが、すぐ作戦負けになってしまったのにはあきれた。もちろん勝ちたかったが、いい将棋を指そうと思っていたのに……。

 彼女はマティーニを3杯飲んで寝たという。

(中略)

 彼女は言う。

「第1局を負けたのが……」

 確かにそう思う。あの将棋をあのまま負けていたら、3連敗ということもあり得たと。さすがに感想戦でもいつもより言葉少なだった。が、夜には明るい彼女に戻り、薄野まで一緒にでかけた。みんなに気をつかい、明るくふるまってたと察するが、そんな気のやさしい彼女が好きである。

 薄野へは記録の高群さんと三人で行った。飲みに行く予定が、1時間歩き回った挙げ句、コーヒーに変わってしまった。

 札幌の夜はつかれた―。

(中略)

 この第3局を勝てた原因は、いろんな意味で気分がハイだったという事もあるが、なんといっても神戸新聞社の方のイキなはからいのおかげである。

「対局中、二度のおやつの差し入れがありますが、何がいいですか?」

私…「メロンとメロンジュース」

彼女…「私も同じので」

「2時の方は?」

彼女…「イチゴを」

私…「あの…メロンとメロンジュースを…」

 私は世界中のどんな食べ物よりもメロンが好きという人間である。こんなぜいたくも1年に1回しかできないと思い、わがままを言わせてもらった。小さい頃から”本物のメロン”なんて食べた事がなかった。本物のメロンとは、いわゆるシワのついているマスクメロンの事。普段はプリンスメロンばかりだった。

 二度のメロンとメロンジュースのおかげで、すっかり気分を良くした私は、何ともゲンキンなやつだ。

 対局中に出たのは、もちろん”本物”のメロンだった。

(中略)

 彼女の外人好きは有名である。おまけにミーハー。まあ、ミーハーという部分では私もどうやら人の事を言えないようだが……。今年の初めクイーンエリザベス二世号で香港まで将棋の旅をしたのだが、エリザベス号での彼女のはしゃぎぶりを想像していただけると思う。どうりで日本人男性には見向きもしない訳だ。

 彼女には早くステキな彼を見つけてほしい半面、いつまでもみんなのアイドルでいてほしいという気もする。かといって、

「私の恋人は女流王将です」

 などと言われて、9年間も独占されても、また困るのだが……。私も何度か恋路のジャマをしていたのだが、5回も失敗してしまった。女流王将と彼女の結婚式は私が仲人をしたい位だ。

 私と彼女は、スキな男性のタイプは全く違うが、スキな棋士のタイプは似ている。つまり、条件が同じなのである。一番好きなのは将棋を教えてくれる人、二番目はごちそうしてくれる人だ。

 ただ、棋士は紳士が多いので、私達が一応払おうとしても、女性にお金を出させてくれないのである。こんな事ばかり言ってるから最近お誘いが少ないのか……。

(中略)

 奨励会を今年の4月で退会する事になった。在籍6年半―。いろんな事があった。2級までしか上がれなかったのは本当に残念だが、一時8級に落ちてからよく頑張ったと自分自身でも思う。

 やめる時に奨励会員の友達にあいさつしたが、みんな、

「もう少しがんばらせてあげればいいのに……」と言ってくれたのがうれしかった。逆にその分、みんなに四段になってほしいと思う。

(中略)

 先日、私のだんな様から聞いたのだが、彼女が、

「私、植山さんにずっと嫉妬していたんですよ」

 と言っていた。男ができると、デートばかり。女の友情なんて儚いんだと思ったにちがいない。でも、こんなうれしい事を言ってくれるのは彼女だけだ。彼女とは、いつまでもこんなつき合いを続けて行きたいと思う。

 ああ……また一日がすぎた。いつもと何の変わりもなく……

将棋マガジン同じ号より。

* * * * *

第1期女流王位戦五番勝負第3局、中井広恵女流王位(当時)が初代女流王位を獲得の一局の自戦記は、棋譜と図面はあるものの、棋譜の解説のない非常にユニークなものだった。

大親友でありライバルの林葉直子女流王将(当時)への思いが鮮やかに描かれている。

* * * * *

将棋マガジン同じ号の西村みどりさんの「盤側から……」には、

感想戦の後、やっと緊張がほぐれた笑顔を見せて、手をつけるのも忘れていたメロンをほおばった中井さん。”第4局が行われる予定の徳島では、大好物のメロンを用意して待ってますと言って下さってますが、私はここで決めてしまいたい”という前夜祭の言葉を思い出した。

と書かれている。

非常な激闘であったことがうかがえる。

* * * * *

中井広恵女流六段はキュウリが苦手。

私もメロンは大好きでキュウリは大の苦手。スイカは問題なく食べられるけれども、それほど好きではない。

メロンやキュウリやスイカなどのような瓜系の香りなら、メロンのような味であるべき、という思いが根底で強いのだと思う。

* * * * *

メロンジュースを初めて飲んだのは、大学2年の時、銀座の資生堂パーラーでのことだった。もちろんメロン100%のジュース。

ところが、女子大生と一緒だったので、極度の緊張感から、味がほとんど感じられなかったという記憶がある。

対局中の食事と背景は全く異なるが、似たような現象。

* * * * *

大学4年の夏休み、伊豆半島のとある街の喫茶店(夜はスナックになるような店だった)でメロンジュースを頼んだのが、人生2度目のメロンジュース。

ところが出てきたのは、かき氷のメロン色のシロップを水で溶かしただけのもの。クリームソーダをアイスクリーム抜きにして、炭酸を水に変えたようなもの、と思えば間違いない。

期待を大きく裏切られたが、飲んでみると、これがかなり飲みづらい(あまり美味しくないということ)。

メロンソーダ、あるいはクリームソーダは、長年の試行錯誤の末にできた素晴らしい飲み物なのだと理解できた。

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その後の人生でビックリしたのが、札幌で食べた夕張メロンの美味しさ。

今までの人生でその美味しさに衝撃を受けた食べ物は、小学生の時のサラミソーセージと生クリームの入ったシュークリーム、中学生の時のハンバーガー、そして社会人になって5年ほどした時の夕張メロンと夕張メロンゼリーだった。

よくよく考えてみると、子供が好きなものばかりだが……

「林葉直子女流王将(当時)「私、植山さんにずっと嫉妬していたんですよ」」への1件のフィードバック

  1. 当時の女流三強で文章に個人差があってそれが見れて懐かしいです
    本稿みたいな中井先生、ストーリー仕立ての林葉先生、今でいう絵文字だらけだった清水先生

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