2019-05

読む

「金曜日とあれば、タクシー事情は最悪である。仕方なく将棋会館に戻ると、羽生、脇、屋敷などが残っていた」

将棋マガジン1991年3月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。 12月21日  大山の現状は(順位戦の話だが)あらためて説明するまでもない。この日、対南戦が行われるが、もし負ければ絶望的である。この一戦こそ見逃せない。 午後3時  ...
読む

谷川浩司竜王(当時)「一番やりたかった羽生竜王と戦えて良かった。ただ、次には当たりたくありません(笑)」

将棋マガジン1991年3月号、グラビア「第3期竜王就位式」より。  谷川浩司新竜王誕生で幕を閉じた平成2年。その竜王就位式が、年明け早々の1月9日、東京大手町の読売新聞本社で行われた。  当日は、棋士、関係者など200人を超す参会者があって...
絶妙手

郷田真隆四段(当時)の格調の高い名手

将棋マガジン1991年5月号、「公式棋戦の動き 棋聖戦」より。  このところの棋聖戦は、若手の活躍が目立っている。具体的に名を出せば屋敷伸之。納得していただけたと思う。  郷田四段も、期待される一人である。  前期、挑戦者決定戦まで駒を進め...
読む

「棋士の奥さんは、なぜ旦那が死ぬと若返るのだろう」

将棋マガジン1991年7月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。  4月30日、名古屋で「板谷一門祝勝会」が開催された。  石田・小林がそろってA級に上がり、杉本が四段になったのを祝うのだが、もう一つ、板谷大先生(四郎九段)の健勝を祝...
棋士のエピソード

米長邦雄王将(当時)「先崎は、アイツはもう破門にしようかと思っていたんだが、オレと一緒に脱いだんでやめにしたよ」

将棋マガジン1990年6月号、神吉宏充五段(当時)の「へえへえ何でも書きまっせ!!」より。  今日は関西に珍しく米長大先生が来ておられる。格下の井上との対戦なのに、なぜ大阪へ?と思ったが、名人戦の絡みで京都へ行く予定があるのでらしい。私が挨...