米長邦雄九段「この1ページだけでも600円は安い!」

将棋世界1989年5月号、米長邦雄九段の「今月はこの一局! 棋王戦 谷川名人VS南王将 南、カド番をしのぐ」より。

敵情視察!?

 今回の順位戦では幸運にもA級で優勝することができ、2年ぶりに名人戦の檜舞台に登場させて頂くことになった。

 今月の一局は新潟で行われた谷川-南戦で、はからずも敵情視察みたいな形になってしまったが、これは前々から決めていたことであって、挑戦者になったから、というわけではない。

 私は対局前日に現地入りし、その夜の9時前に両対局者とチラッと顔を合わせた。二人とも非常に元気そうであった。

 なにしろ谷川名人の方は、羽生、森内と続けざまに年下の男に痛い目にあわされてガックリきているところから、対森内戦に雪辱し、これを1勝1敗にこぎつけたところだったし、棋王戦は2連勝と南を圧倒して、ようやく自信を回復しつつあるところだろう。表情も晴れ晴れとしていた。

 また、南王将の方も苦しい順位戦をしのぎ切り、王将もストレートで防衛して、これまた後顧の憂いを絶ってこの対局に臨むというところである。

 くしくも、晴れ晴れ三人男が一堂に会する、という図になったのだった。

南王将のこと

 順位戦最終局での南王将の将棋は不出来もいいところで、あんなにまずい南王将を見たのは初めてである。陥落の決まっている真部君が意地を見せたということもあるだろうが、序盤から作戦負けをして、そのまま一方的な内容で午後9時に投了。全5局の中で一番早い終局であった。その時点でもう一人の陥落は中原-加藤戦の結果にゆだねられた。

 つまり南王将は他力本願、中原先生お願いします、という状況に追い込まれた。その結果が気にならないはずはないのだが、感想戦もそこそこに5階の自室に引きあげて泣き寝入りを決め込んでいたらしい。

 私は対青野戦の激戦を0時過ぎになんとか勝ち切り、感想戦をすませて1時からの打ち上げの席に向かった。

 打ち上げが始まった時に「中原勝ち、加藤陥落決定で今、感想戦をやっています」という情報が入ってきた。

 そこには南王将の顔が見えなかったので、私が毎日新聞の加古さんに南君を起こすようにと頼んだ。

「寝ているのを起こすのはかわいそうだ」という声もあったのだが、こういう結果は一刻も早く教えるべきである。それが棋士に対する本当の思いやりであると思う。実は私が青野君に勝ったその終局と同時に、盤側に座っていた加古さんが「米長さん、挑戦者に決まりました」と言ってくれた。これは非常にうれしい一言であった。”吉報は一秒でも早く”という心遣いがうれしい。

「とにかく中原勝ちと言えば、飛び起きて着替えて来るはずだから」と促すと案の定、南王将は目をパッチリとして打ち上げの席に入ってきた。

 彼氏はアルコールは一滴も飲まないのかと思っていたのだけれども、私が「中原先生におつぎしなさい。君も大いに飲みなさい」などと言うと、無口なのだが口元だけは緩んで、ビールを2,3杯あけていた。本当にうれしそうであった。

 順位戦では苦戦をしいられていた南王将だが、王将戦ではストレート勝ちをしている。

 実は私は、あれはたしか第1局の時の写真だったと思うのだが、本誌の3月号に載っていた中野英伴さんの写真を見て、”島はあぶない”と思ったものだった。

 1ページ丸々使って正面から南を撮っている。和服の胸の所がはだけ、丸首のシャツがのぞいていた。その表情を見た時に”島はとても勝てまい”と感じたのだ。

 これはまったくの独断と偏見であるし、また、竜王戦で4連敗した男が、その島先生に対して云々するというのはいくら先輩であってもどうかと思うけれど、それが写真を見た時の私の率直な感想であった。

 というのは、その王将戦の記事が出ていたスポニチなどを見るに、島竜王のファッションセンス、シティボーイたる姿などが浮き彫りに描かれていて、美人アナウンサーと対談したり、バレンタインのチョコレートが対局場に山ほど送り込まれたりと、ほほえましいような、うらやましいような話が散見されていた。

 対して南王将の方は、チョコレートもゼロ。かかりの仲居さんから義理チョコをもらったそうであるが、ここではもう、二枚落ちどころか六枚落ちくらいの手合になっている。しかも、そのくだんの写真を見られるがよい。なんという着くずれのしかた、なんたる野暮ったさか。

 しかるに、その内から発散されるエネルギー”気”がその写真からさえも漂い出ている。南のかもし出す、将棋に打ち込んでいるその”気”があふれ出んばかりである。おそらく現場ではものすごいエネルギーが発せられていたものと思う。

 3月号をお持ちの方は、是非134ページをご覧いただきたい。

 この1ページだけでも600円は安い!

(以下略)

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将棋世界1989年3月号、第38期王将戦第1局。撮影は中野英伴さん。

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”吉報は一秒でも早く”

本当にそう思う。

このような言葉を聞いて思い出すのは、”広告の鬼”と呼ばれた電通の吉田秀雄社長(当時)の話。

藤井猛竜王(当時)が竜王位獲得を一番先に伝えた人

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「この1ページだけでも600円は安い!」

南芳一王将(当時)の”気”。

それを写真に乗り移させた中野英伴さんもすごい。

この期の王将戦では、南王将が島朗竜王(当時)を4勝0敗で破って防衛している。

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1980年4月号から530円の定価を貫いてきた将棋世界だったが、1989年1月号から600円になっていた。

600円は、この600円。

そして、1989年4月1日からの消費税導入(3%)に伴い、5月号から610円になっている。

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昭和の頃、コンビニで買い物をするときに、1円玉のおつりが出ないように、10円単位の金額になるような買い方をするのが自分の中でのひそかな楽しみだった。

ところが、消費税の導入によってこの楽しみは吹き飛んでしまった…

 

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