羽生善治二冠(当時)「こういう展開になると『丸ちゃんの恐怖の入玉作戦』の餌食になりそうだ」

将棋マガジン1993年1月号、羽生善治二冠(当時)の「今月のハブの眼」より。

将棋マガジン1992年12月号より。

 9月は11局、10月は10局、私の対局数である。これほどのハードスケジュールは未だかつて経験したことがない。それと並行して将棋の内容も雑になってきた。対局が多いのを言い訳にしたくない。反省の意味も込めて10月の対局の中から3局ピックアップして取り上げたい。

 まず、1局目は10月14日の勝ち抜き戦、対丸山五段。彼はここまで6人抜きをしている。私としても上位陣に編成されているのだから、何とか意地を見せたい所。

 私が先手で角換わり腰掛け銀を選ぶ。この形は丸山五段が最も得意としている戦型で、この形のスペシャリストと言っても良い。研究にはまる可能性も高いが、得るものも多いと考えた。

 丸山五段が6筋の位を取って来たので、私が反発して戦いが始まった。1図がその中盤戦である。形勢は少し私の方が良いだろう。何と言っても2筋の取り込みが大きい。しかし、ここでポイントを稼がないと優位が消えてしまう。

 例えば、1図で▲2三同歩成だと△同金で。次に△2七歩▲同飛△3八角▲2八飛△4九角成の狙いが残ってしまう。こういう展開になると「丸ちゃんの恐怖の入玉作戦」の餌食になりそうだ。

 そこで私は考えた。この瞬間を生かした技はかからないものか。そして、閃く、▲1五歩がその一手。△同歩なら▲1二歩△同香▲1一角△同玉▲2三歩成で決まる。よって取ることは出来ず実戦は△2四銀▲1四歩△1二歩▲6四歩と進行したが、端を詰めたのは少なからずのポイントで、以下は割にあっさりと勝つことが出来た。

 丸山五段は前日も深夜まで対局で、本局は持ち味の粘り強さにも欠いた。あるいは、かなり疲れていたのかもしれない。

(以下略)

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「丸ちゃんの恐怖の入玉作戦」は、当時の控え室で検討陣がよく使っていた用語なのかもしれないが、突然出てくると、「オッ」と嬉しくなってしまう。

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「丸ちゃん」は、たしかに愛称として呼びやすい。

東洋水産の「マルちゃん」のブランドが昔からあるし、『ちびまる子ちゃん』も「まるちゃん」だ。

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1図からの▲1五歩は、なかなか思いつかない。

▲1五歩△同歩▲1二歩に△同玉だった場合は、▲4一角ということなのだろう。

角と歩だけの持ち駒なのに、恐ろしい狙いがあるものだ。