将棋世界1993年8月号、深浦康市四段(当時)の第12回早指し新鋭戦決勝〔対 豊川孝弘四段〕自戦記「四段同期の戦い」より。
4月に8局。5月2局。これが今期の私の対局数。更に6月は2局しか対局がつかない。
4月は忙しかった。さすがに月8局は四段になって初めてだった。順に挙げると、全日本プロ②、早指し新鋭戦、棋聖戦、全日本プロ③、王将戦、全日本プロ④、早指し新鋭戦、新人王戦……。
なんと、全日本プロトーナメントと早指し新鋭戦以外、すべて負けてしまった。
全くだらしないかぎりだ。4月に8局も指しておきながら、5月に2局というのも当然である。本当にだらしない。
全日本プロを何とか優勝する事が出来たので、仲間からは効率のいい勝ち方だと冷やかされているが、それも終わった今、頼みの綱はこの早指し新鋭戦だけである。
1回戦の丸山五段戦、2回戦の阿部六段戦、準決勝の先崎五段戦、どれをとってもひどい将棋で100点満点中、30点前後かと思われる。それだけに妙にツキを感じる棋戦である。
そして決勝戦。決勝戦は何度迎えても気分のいいものである。
(中略)
気合の三間飛車
Olé, OléOléOlé ♪
Jリーグの応援歌を聞きながらスタジオ入り。今日はいつもより人が多い。
決勝の相手は豊川四段。四段昇段が同期であり、三段リーグ時代にも何局か戦っている。四段になってからは私の2勝だが、体格からイメージできるように手厚く構える棋風で、厚みを生かした攻撃はまさにハードパンチ。そのような展開になると不利は明らかなので、序盤の駒組みがポイントだと思っていた。
と、あれこれ対局前に考えてはいたが、2手目に△3二金。
もうこうなると落ち着いていられない。気合だけで三間飛車。採用率5%にも満たない振り飛車を採用した。
(中略)
ケセラセラ
振り飛車は公式戦3局目。
全て△3二金と指された時の対策として指している。
ただ持ち時間10分、40手以降30秒将棋という条件の中、居飛車党の私が振り飛車を指す事は不安ではあったが、ケセラセラ、なるようにしかならないと思っていた。(ケセラセラは将棋連盟サッカー部のチーム名。対戦相手募集中!)
しかし▲9六歩は横着だったか?
2図以下の指し手
△8四飛▲7七飛△4四角▲2八玉△2二玉▲3八銀△3三銀▲4六歩△5六歩(3図)後手の構想
四段同士の決勝戦は、12回目にして初めてとの事。四段の優勝は、第7回、第8回と森内俊之現六段が連続優勝を遂げている。
やはり△8四飛。振り飛車党なら一手前の▲9六歩では、▲7七角とでも受けておくのだろう。ただ▲7七飛でも何ともないと思うところは居飛車党の感覚か?
▲7七飛を見た豊川四段、ある構想が浮かんだのか、△2二玉、△3三銀と着々と駒組みを進める。こちらとしても駒組合戦は望むところ。自然に高美濃に組める先手陣に対して、後手陣は8四飛の悪形に加え、6一金、7三銀が立ち遅れている感じ。
何とか序盤はクリアしたかと▲4六歩と突いたが、ノータイムで△5六歩。
これがいい手だった。素直に応じると、▲同歩△7六歩▲同銀△6六角▲7八飛△8八角成▲同飛と進むがここで▲4六歩と突いているため、△7九角が成立する。これは後手良し。
ここで6分の長考(?)に沈む。
3図以下の指し手
▲9七角△6四銀▲5六歩△7六歩▲同銀△6六角▲6五歩△7七角成▲同桂△7三銀▲6四歩△同飛▲6五桂△6九飛(4図)転向か!?
苦心の一手は▲9七角。これは△7六歩▲同銀△6六角とくれば、▲7五銀で決戦に持ち込む狙い。以下△7七角成▲8四銀△9九馬▲7三銀成△同桂▲4一銀△6四香▲3二銀成△同玉▲8一飛△7一歩▲9一飛成(参考1図)が一例だが、これはいい勝負。
決戦の順ばかり考えていたのだが、豊川四段も6分の考慮で△6四銀。
この手がどうだったか、という局後の感想の通り、参考1図の勝負の方が数段勝っていた。
△6六角と飛び出した局面が40手目。次の一手はすぐ封じた。この棋戦で先手番の得とは、封じ手後の約10分の休憩中に、後々の展開を考えられる事である。
再開。封じ手の▲6五歩を指した瞬間、盤も割れよ、駒もはじけよと凄い手つきで△7七角成。凄まじい気合を感じた。
しかし局面は先手に好手順が続く。▲6四歩から▲6五桂が何ともいい感触で振り飛車党に転向しようか、と一瞬思った程だった。
そして△6九飛。ここで自分らしい一着が出た。
4図以下の指し手
▲7九歩△5七歩▲5九金引△6六飛成▲7三桂不成△同桂▲7五銀△8五桂▲6六銀△9七桂成▲5七銀△8七成桂▲8一飛△7一歩▲9一飛成△7七成桂▲9二竜△5二歩▲6八歩△7五角▲5八銀△6六桂▲4七銀左△8四飛▲5五香△4二金(5図)ペースをつかむ
▲7九歩が対局後、関係者の人に「棋風だねえ」と言われた一着。最善かどうかはともかく、この一手で自分のペースに持ち込めたようだ。
特に30秒の短い将棋では、最善手など指せる由がないと割り切っている。今、現在の自分の棋力では仕方なし。
△5七歩は有り難かった。と、言ってもどの手が最善かはわからない。
▲5九金引からは振り飛車ペース。激しく切り込む順もありそうだが、優勢なので手堅くいく事にした。
しかし▲5八銀は受けすぎか?ふるえているのではないか、とも思ったが指し慣れていない振り飛車を思えば、これでいいのかもしれない。
5図。今まで受けてばかりだったが、ようやく攻めの糸口が見えてきた。
▲5五香と打って△4二金を強要した局面。ちらっと小林健二八段の顔が思い浮かんだ次の一手を当てて頂きたい。
実はこういう手、好きなんです。
5図以下の指し手
▲3九角△7六成桂▲6六銀△同角▲同角△同成桂▲5四桂△3二金▲6二桂成△同金▲同竜△5七成桂▲5二香成△4七成桂▲同銀△8七飛成▲4一成香△4二桂▲3八銀△8四角▲7一竜△4七銀▲同銀△同竜▲3八金打(6図)一歩一歩確実に
収録日は6月5日、土曜日。どうも最近は水曜日と土曜日になると落ち着かない。朝の目覚めは異常に早いし、とにかくそわそわしている。
そう水曜日と土曜日はサッカーのJリーグのある日。とにかくこれがたまらなく面白い。
ジーコにリネカー、カズにリトバルスキー……。サッカーファンなら垂涎ものの組み合わせが続く。
その中でも読売ヴェルディのラモス選手が好きだ。
(中略)
と原稿を書いている今日も、とある水曜日。早く書き終わらないと……。
次の一手は▲3九角。狙っていた手で後手は△7六成桂ぐらい。7九歩が光っている。
▲6六銀と桂を取る。△同成桂には▲6七桂があるので△同角。▲同角△同成桂と進んで、すぐ▲7五角を打とうとしたが、△6四飛で意外に大変なので▲5四桂。この手も正解で、対局中は「落ち着いて、落ち着いて」と心の中で連呼していた。
以下は寄せ合いの手順。逸る心を抑えて一歩一歩確実に駒を進めていった。
その気持ちの表れが▲3八金打。負けない手だ。
6図以下の指し手
△5六竜▲3一銀△1二玉▲2五桂△4七銀▲4二成香△3八銀成▲同金△3九銀▲1八玉△4二銀(7図)秒読みの追撃
△5六竜でホッと一息。自陣から敵陣へと目を移す。
▲3一銀から▲2五桂として勝勢。そろそろ”優勝”の2文字が頭にちらつく頃。秒読みの中、頭を左右にブンブンと振って妄想を吹き飛ばした。
△3九銀が飛んできた。この手は取った方がわかり易いのかもしれない。▲同金△同角成▲同玉△5九竜▲4九銀で後手は受けなし。ただ本譜も確信を持って▲1八玉と寄った。
そこへ△4二銀。
ここでホッとした。詰みを読み切っていたからである。つまり▲1三銀△同桂▲2一角△同玉▲4二銀成(参考2図)で△5一歩に▲3二成銀以下の並べ詰だ。
△4二銀を着手されて10秒ぐらいは確認作業の時間。そこで気付いた。参考2図で△5一角打と受けられたら……。
▲3二成銀は△同玉▲3三銀△同角でどうも不詰。▲5一同竜は△同角なら▲3三桂打でうまいが、△5一同竜で不詰。
詰みだとは思うが、もし詰まなかったら……。そこへ高群さんの秒読みの追撃。
さあ、どうする!
7図以下の指し手
▲同銀成△同金▲1三銀△同桂▲2一銀△2二玉▲3一角△2一玉▲4二角成△5一歩▲3二金△1二玉▲2四桂(投了図)
まで、123手で深浦の勝ち無欲の勝利
着手は▲4二同銀成。最善手だった。やはり参考2図は△5一角打で詰まない。危ないところだった。
と、言っても△4二同金の時に、後手玉への詰みを読み切ってなかった。いつもだったらすぐわかる詰み手順だが、この時は違った。
ようやく確信できたのは、投了5手前の▲4二角成の時。それまでは▲3三桂打という手まで読んでいた。
投了図からは△2四同歩に▲1三桂成△同玉▲3一馬以下の詰み。
対局後はすぐ表彰式。そして打ち上げ。
二上会長から頂いた祝辞の中で、「一つの大きな棋戦を優勝すると、普通だとその次は遠慮してしまうものですが……」というところが、やけに嬉しかった。
決勝戦は四段同期の戦いで気合が入った。やはり同期の棋士や同時期に四段になった棋士が、どんどん勝ち上がってくると励みになる。自分も頑張らなくては、という気持ちになる。
今回はたまたま私が勝つ事が出来たが、これからも負けたくない相手の一人が豊川四段。また、お互い頑張って何かの棋戦の決勝戦で会いたいものですね。
優勝は全日本プロに続いてだが、また違う感慨を得ている。この早指し新鋭戦のメンバーを改めて見て、この中でよく優勝できたなと思う。
(中略)
しかしこの優勝はすでに過去のもの。また新鮮な気持ちで明日を迎えたいと思っている。まだまだこれからである。
一生懸命、頑張りたい。
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深浦康市九段が、今までに公式戦で振り飛車を指したことはどれくらいあるのだろう。
いずれにしても、非常に珍しい一局であることは間違いない。
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2図からの△8四飛に▲7七飛は、振り飛車党から見ると生理的に避けたくなるような形。
「▲7七飛でも何ともないと思うところは居飛車党の感覚か?」
は、まさしくその通りだと思うが、
「▲6四歩から▲6五桂が何ともいい感触で振り飛車党に転向しようか、と一瞬思った程だった」
と、ここから振り飛車側は快調に捌けているので、振り飛車的な先入観を居飛車党の目で見直すと、いろいろと新しい発見があるのかもしれない。
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そういう意味では、藤井システムも、昭和の振り飛車党から見ると感覚的に抵抗のある形だが、居飛車的な感覚が取り入れられて、大ブレイクした戦法だと言えるだろう。
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「▲7九歩が対局後、関係者の人に『棋風だねえ』と言われた一着。最善かどうかはともかく、この一手で自分のペースに持ち込めたようだ」
「実はこういう手、好きなんです」
4図からの▲7九歩、5図からの▲3九角が、実に渋く、なおかつ非常に効果のある手だ。
なかなか指せる手ではない。
このような手が指せるようになれば、本当に強くなれるのだろうなと思う。
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「そう水曜日と土曜日はサッカーのJリーグのある日。とにかくこれがたまらなく面白い」
深浦四段は、日本将棋連盟サッカー部初代部長。
Jリーグの発足は1991年で、リーグ戦が開始されたのが1993年5月。
深浦九段が、Jリーグ以前からの、筋金入りのサッカーファンであることがわかる。
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「ケセラセラは将棋連盟サッカー部のチーム名。対戦相手募集中!」
1999年にはウィーンフィルハーモニー管弦楽団との試合も行っている。
→サッカー「日本将棋連盟VSウィーンフィルハーモニー管弦楽団」
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深浦四段は、この年の早指し将棋選手権でも優勝している。
また、早指し新鋭戦は、1999年~2001年に3年連続優勝を果たしている。