将棋マガジン1993年12月号、田中良明さんの第24回新人王戦決勝三番勝負第1局〔佐藤康光七段-森内俊之六段〕観戦記「森内、乱戦に力を発揮」より。
第1局。佐藤七段と森内六段は期待にたがわぬ中身の濃い勝負を見せてくれた。
この二人による決勝と決まったとき、「これは素晴らしい勝負が見られる」と胸が高鳴った。5年前の羽生対森内以来の最高のカード、いや、あれ以上の勝負になると思った。
初の高校生新人王の誕生に将棋界が沸いてから、はや6年が経つ。あのときの森内六段の戦いぶりはいまも目に焼きついている。
飯田五段を相手に顔を真っ赤にしての奮戦だった。「必死でした」と森内六段はあのころを振り返る。数えて今回で決勝進出は4回目。うち優勝2回。かつての森安秀光九段や石田和雄九段のように新人王戦の主のような存在になりつつある。
今期、一足さきに決勝進出を決めて、佐藤七段と丸山五段が決勝進出をかけて戦っているとき、ひょっと控え室に顔を出していったものだ。
「いつも同じ顔ばかりですみません」
あいさつがわりの軽い上段のジャブを繰り出すところは、もうあのころの「必死」な森内ではない。
あのころと比べて一回り、二回り強くなっているし、実績も積み重ねてきている。自信があふれてくるのも当然か。
佐藤七段も同様だ。森内六段や羽生竜王などとひとまとめに「チャイルドブランド」と呼ばれたころと比べれば、体格や顔つきだけでなく将棋にもたくましさがでてきた。もっとも外野から眺めている筆者などから見れば、勝ちまくっている棋士はみなたくましく見えてくるのだが。
1990年、佐藤七段は当時の谷川王位に挑戦した。初陣だった。善戦したが4対3で惜しくも敗退した。あのときの谷川の光速の寄せが鮮やかだった。歩頭の△9七銀だ。△9七銀と打たれたあの一瞬から、佐藤の心機一転、天下取りへの巻き返しの旅が始まったのだと、私は思っている。昨年から今年にかけての勝ちっぷりは素晴らしいものがある。羽生と谷川、二人の大スターの派手なタイトル戦の陰に隠れてはいるが、ひたひたと寄せてくる満ち潮の勢いと力を秘めている、とでもいおうか。
まずは、いまや棋界に冠たる島研のリーダー島七段の戦前の予想をお伝えしておこう。
「将来、羽生を負かすのはこの二人しかいない。最高のカードですね。二人の戦いの序章だと思います。三番勝負は、先に竜王戦を負けた方が勝つ。この二人はがっくりこないタイプですから『それなら新人王戦で』ということになります」
さて、ご存知のとおり、竜王戦挑戦者決定三番勝負の方は佐藤七段の2連勝に終わった。そしてそのあと行われたB級2組順位戦では森内六段が勝ってお返しをした。お次が新人王戦というわけで、この二人、この秋は通算して七番勝負。決着は新人王戦に持ち込まれた形である。
森内が「首を洗って待っていてください」といえば、佐藤は「そうはいかない。竜王も新人王もいただきます」と応酬して、普段は研究仲間で仲のいい両者だが、闘志満々であった。
(以下略)
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「いつも同じ顔ばかりですみません」
新人王戦決勝進出が4回目の森内俊之六段(当時)。
これはジョークというよりも、森内六段の非常に謙虚な姿勢がそのまま言葉に現れたとも考えられる。
銀座のミニクラブ、行くたびに席についてくれるのがチーママだったりする場合、このようなセリフを聞くことができる場合がある。
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「あのときの谷川の光速の寄せが鮮やかだった。歩頭の△9七銀だ」
谷川浩司王位(当時)の△9七銀は、非常に有名な最終盤の絶妙手。
→米長邦雄王将(当時)「こんなに驚く手を見たのは本当に久し振りである。おそらく対局中の佐藤君も同じ気持ちだったのではなかろうか」
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「三番勝負は、先に竜王戦を負けた方が勝つ。この二人はがっくりこないタイプですから『それなら新人王戦で』ということになります」
この島朗七段(当時)の言葉どおりに、竜王戦挑戦者決定戦は佐藤康光六段(当時)が2連勝で勝って竜王戦挑戦者に、新人王戦決勝は森内俊之六段が2勝1敗で優勝している。
切れ味の鋭い非常に見事な予想だ。
島研は、メンバー同士がよく当たるようになり味が悪いので、ということで、この年(1993年)の春頃から行われなくなったという。
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また、島七段は、この観戦記の中で、
「佐藤くんは理性的な将棋。感情を排斥して学者的です。対照的に森内くんはワイルドなところがあります。関西的で勝負師の血を感じます」
と述べている。
この後、二人は、羽生善治九段との戦いを重ねることによって、それぞれ棋風が変化していく。
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「首を洗って待っていてください」
「そうはいかない。竜王も新人王もいただきます」
非常に仲が良く、なおかつ長年のライバル関係の二人だからこその、ワクワクするような応酬。
「首を洗って」は、職場で上司に言われたらかなり大変な状況ということになるが、勝負の世界ではとても盛り上がる。
→森内俊之五段(当時)「奨励会で返せなかった借りは順位戦で返すしかないと心にきめた。今回は5年前の雪辱戦である」
→森内俊之五段(当時)「ヨーロッパぼけの奴には負けたくない」