竜王戦第5局前夜に差し入れされた写真集

将棋マガジン1992年2月号、西川慶二六段(当時)の第4期竜王戦七番勝負第5局〔谷川浩司竜王-森下卓六段〕観戦記「▲5九角のココロ」より。

第4期竜王戦七番勝負第5局、2日目の朝。後列に萩本欽一さんがいる。将棋マガジン1992年2月号、撮影は中野英伴さん。

 本局で私は、NHK衛星放送の解説を務めさせていただきました。

 初めての事でしたので、不安もあったのですが、聞き手が、

「私は、テレビに出演してあがった事がないのです」

 と話す神吉宏充五段だったのは、心強い味方でした。

 そして、2日目にはこれ以上は望めないほどの最高のゲスト(解説者?)に出演していただけたのは、幸せな事でした。

 挑戦者の2勝1敗1持将棋と盛り上がりを見せて来た第5局は、竜王の地元神戸市、六甲山のホテルで行われました。

 対局前夜は、対局室を検分した後、両対局者を囲んで将棋連盟、読売新聞社の関係者だけで会食するという、リラックス出来るものでした。

 食事の後は、何かゲームをするのが通例なのですが、今回はナント衛星放送のスタッフの差し入れで、話題の「宮沢りえ写真集」の鑑賞会になりました。

 谷川さん、森下さんの反応はそれぞれ面白かったのですが、20代の健康な若者らしい意見だったとだけお伝えしておきましょう。

 両対局者が自室に引きあげた後は、本局の立会人である有吉道夫九段を中心として、将棋界の昔話に花が咲きました。大先輩に貴重な話を聞かせていただいた有意義な時間でした。それから、本局の戦型予想も話題になりました。谷川竜王の先手番ですので、角換わり腰掛け銀か、矢倉かで意見が分かれたのですが、私はハズれてしまいました。

 予想と言えば、本局では大変おもしろい事が起こったのです。

 いや、面白がっていては、解説者としては不謹慎なのかもしれませんけどね。

(中略)

 2日目の午前9時からの衛星放送をご覧になった方は、封じ手開封の場面に、萩本欽一さんがいらっしゃったのにお気づきになった事と思います。萩本さんの将棋好きと実力は、本誌の読者には「欽ちゃんのド~ンと指してみよう」のプロ棋士との2枚落戦でご存知ですよね。

 その欽ちゃんが、3図の▲5九角という竜王の指し手を見て大喜びをされたのです。予想が当たったからですが、この話には伏線があるのです。

 前夜、萩本さんが神吉五段に封じ手以降の予想を聞いたとき、

「3図の▲5九角はないの」

 と質問すると、間髪入れずに、

「そんな手はありません」

 と否定されてしまったのでした。

 ゲストの欽ちゃんの意見は、

「一回守っておけば、次に▲6五銀と桂馬が取れるし、8筋の守りにもなっているじゃない」

 というものでした。事実、▲5九角で▲2七飛では、△8六歩▲同歩△8七歩で先手不利という、両対局者の一致した感想があったのです。大いに自慢されて良いでしょう。

 私も▲5九角には気付かなかったのですが、△6四角に比べていかにも働きが悪い感じがして、打ちづらいんです。

 欽ちゃんの解説はまだ続きます。

「今は、働きが悪いかもしれないけれど、桂馬を取って、▲7七角と出れたら素晴らしい角になるなあ。そうやって竜王が勝ってくれたら楽しいなあ。よし、この将棋は谷川先生を応援しちゃおう」

 将棋に台本はないのですが―。

(中略)

 そして、5図から谷川竜王は見事な寄せの構想を見せてくれたのですが、それは欽ちゃんの筋書き通りだったのです。

5図以下の指し手
▲8五歩△5一角▲8六銀△2五歩▲7七角(6図)

 ▲5九角と打った心は、竜王も欽ちゃんも同じだったんですね。

 竜王が優勢を意識したのも6図だったということでした。

 実は、▲5九角が不発なら、

「折角の角が、使えませんね」

 と申し上げるつもりでしたが、完全に降参です、萩本先生。

 お見事な予想でした。

(以下略)

将棋マガジン1992年2月号より。

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近代将棋1992年2月号、池崎和記さんの「福島村日記」より。

某月某日

 竜王戦第5局取材のため、六甲オリエンタルホテルへ。

 NHK衛星放送のスタッフが宮沢りえの写真集を持ってきていたので、みんなで回し読み。マスコミが連日大騒ぎしていたので、どんなすごい本かと期待してページをめくったが、全然たいしたことはない。写真集発売前の、テレビのワイドショーや週刊誌などのあのバカ騒ぎはいったい何だったのかと思う。だんだん腹が立ってきた。

某月某日

 竜王戦2日目。対局室に萩本欽一さんが姿を見せる。衛星放送にゲスト出演するそうだ。

 萩本さんは大の将棋ファンで、控え室で神吉さんと西川さんに代わりばんこに二枚落ちの指導を受けていた。神吉さんのとき盤面をのぞくと、上手は序盤から定跡はずしの手を指している。「プロの先生が本に書いてない手を指しちゃ、ダメじゃないの」と萩本さんはブツブツ言いながら、それでも、とても楽しそう。

 プロが定跡をはずすのは、下手の力を認めている証拠。ということは、萩本さんはなかなかの指し手ということになる。

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「今回はナント衛星放送のスタッフの差し入れで、話題の『宮沢りえ写真集』の鑑賞会になりました」

この写真集は、1991年11月13日に朝日出版社から発売された篠山紀信さん撮影の『Santa Fe』。

Santa Fe』は155万部のベストセラーで、発売前から大きな話題となっていたので、入手するのは非常に難しかったと思う。

この対局が行われたのは12月4日~5日。

発売1ヵ月以内に見ることができたのだから、鑑賞会になるのは自然な流れと言えるだろう。

とはいえ、この写真集は、

「どんなすごい本かと期待してページをめくったが、全然たいしたことはない」

の通り、かなりソフトな写真集だったので、

「谷川さん、森下さんの反応はそれぞれ面白かったのですが、20代の健康な若者らしい意見だったとだけお伝えしておきましょう」

と書かれているが、二人ともとても大人しい発言だったと考えられる。

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萩本欽一さんの手の見え方、大局観が素晴らしい。

これ以前には将棋マガジンで、萩本欽一さんとプロ棋士の二枚落ち戦が連載されている。

今年の1月2日にNHK BSプレミアムで放送された「一二三!羽生善治の大逆転将棋2020」にも萩本欽一さんはゲスト出演しており、将棋界とのつながりは長い。とても有り難いことだ。

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1996年、三浦弘行棋聖就位式のお祝いに駆けつけた萩本欽一さん
三浦弘行棋聖誕生前夜

2001年、山田久美女流三段(当時)と萩本欽一さんの対談
「欽ドン!良い名人・悪い名人・普通の名人」