「将棋界の一番長い日」という言葉が初めて大々的に使われたA級順位戦最終局

将棋マガジン1994年5月号、池崎和記さんの「A級順位戦大盤解説レポート 関西将棋会館篇」より。

 A級最終戦の人気はすごい。

 今年は3月1日に行われたが、大阪での大盤解説会に365人のファンが集った。東京は400人を超えたそうだ。人口比率からいえば大阪のほうが断然多いが、まあ、そんなことはどうでもよい。とにかく今年は例年になく入場者が多かったので、ちょっとうれしくなった。

 A級の大盤解説会は8回戦(2月9日)でもあった。このときの大阪の入場者は232人だそうだが、最終戦はそれより100人以上多い。最終戦は決着がつくからだろうか。

 先月号の本誌で河口六段が「A級順位戦は、挑戦者争いだけがおもしろいのではない。誰が落ちるか、も同じくらいおもしろい」と書いていたけれど、たしかにその通りだと思う。明暗がはっきり出る。だからファンは見たがるのだ。

 大勝負であればあるほど、ファンは喜ぶ。だから大盤解説会はB1最終戦やタイトル戦の挑戦者決定戦でも、どんどんやったらいいと思う。

 理想をいえば、そういう大勝負がテレビの生放送で見られるようになれば言うことなしだ。NHKの衛星放送でやってくれませんかね。

 以下は、今期A級最終戦の、大阪(関西将棋会館)での大盤解説会のレポートである。

 解説者は桐山九段と神吉五段で会場は2階道場。

将棋マガジン同じ号より。

 午後6時から始まったが、冒頭に書いたように予想を上回るファンが集ったので、急遽、4階の和室も開放して2ヵ所で大盤解説を行うことになった。4階の解説者は坪内七段と村山七段。「僕らがスーツ着てたんで」と、これはあとから坪内に訊いた話。

将棋マガジン同じ号より。

 今期最終局は全局、東京で行われたので、解説者は当日のA級棋士たちの様子はもちろん知らない。東京からのファックスで送られてくる棋譜だけが頼りで、解説会もその棋譜がベースになっている。

午後6時

桐山九段「きょう、東京へちょっと用事があって電話したんですよ。ある人から聞いたんですが、羽生四冠王はきょう、何時ごろ(将棋会館に)来たと思いますか?」

神吉五段「9時半」

桐山「ペケ。9時15分に来たそうですよ。自分で車を運転して」

神吉「えっ、車を運転して」

将棋世界1994年5月号より、撮影は弦巻勝さん。

桐山「9時15分て、ずいぶん早いでしょう。すごい気合入ってますね。一番最後に来たのは、だれだったと思います?」

神吉「中原先生」

桐山「当たり。すごい(笑)。そういうことらしいです」

神吉「余裕の中原。気合の羽生。そして新婚の谷川」(場内爆笑)

 このイントロで大盤解説会は始まった。神吉が笑わせ、桐山が引き締める。そんな感じでバランス的にはちょうどいい。

 最初に解説したのは谷川-羽生。羽生が序盤早々、△5五歩まで動いたところまで指し手を進めてから、

桐山「棋聖戦の最終局で羽生四冠王が勝ったでしょう。谷川さんにとって、あの一番というのは非常に惜しいというか、もったいないというか、そういう感じがする」

神吉「1局目、2局目を負け、3局目は羽生君のトン死。4局目は49手で快勝。流れは絶対、谷川浩司なんですよ。それを最後で落としたから惜しい、ということですかね」

桐山「これまで羽生四冠王がトン死なんて、まず考えられなかったですからね。だから二人の流れが、あれで逆転するんじゃないかと思ったんですよ。ところが最後で羽生さんが勝った……さすがですね」

神吉「あ、そうそう、お客さんに聞いとかなアカン。それによって解説の仕方が全然変わるんです」(笑)

 ファンに聞いたのは、A級棋士10人の中でだれを応援してますか、ということ。結果は1位(ダントツ)谷川、2位羽生で、2人が3位以下を大差で引き離していた。

神吉「わかりました。この比率で解説をやりましょう。僕は谷川浩司が名人を取ると思う」(また爆笑)

 羽生の序盤作戦が変わっていた。1図の△6四金がその第一弾。

桐山「力まかせですね、これは」

神吉「すごいですねェ」

桐山「ようわからん、というのが私の正直な気持ちです」

神吉「こういう大勝負でも、ファンに見せる将棋をやってますね」

桐山「面白いですね、見てるほうは……」

 △6四金に▲5六歩と打ったところで(指し手はここまでしか入ってなかった)、解説は高橋-田中へ。こちらは田中が棒銀で超急戦の構え。しかし、その後、なぜか局面が収まってしまう。高橋は角交換をせず、5筋にジッと位を張った。

桐山「後手は囲いがスムーズにいってない。だから角交換しないで盛り上がれば自然に優勢になる、というのが先手の考え方。手厚いですね、高橋さんらしい」

神吉「家買っても、ローン払うまでは住まんみたいな指し方……」

桐山「田中さんがわざと挑発してるようなところがあるけど、高橋さんが挑発に乗ってない。田中さんは当てがはずれたような感じもある。

昼休時。将棋マガジン1994年5月号より、撮影は弦巻勝さん。

午後6時30分

 加藤-小林は、棒銀対四間飛車。

桐山「加藤九段は自分の型をくずさない人ですね」

神吉「信念のある将棋」

桐山「そうですね。だいたい同じ形をやるでしょう。相手に関係なく自分の道を進む。相手からすると対策を立てやすいはずなのに、それで勝つから偉いと思うんですよ」

神吉「小林八段は?」

桐山「居飛車穴熊をコテンパンにやっつけたのが素晴らしい。それまで振り飛車党が居飛車穴熊に対して悪かったでしょう」

神吉「加藤先生がイビアナをやってくれれば面白いんですけど、相変わらず棒銀ですわ」

桐山「加藤九段の対振り飛車の特徴の一つは、自分のほうから端歩を突かないことですね」

神吉「それはどうしてですか」

桐山「寄せ合いのときに(端を突かないほうが)寄せやすいという信念を持ってるんですね。急戦でいきますからね。絶対に」

 加藤は棒銀から▲3五歩と突っかけた。小林は4一の金を4二へ。

桐山「軽い将棋じゃないですね」

神吉「小林先生の振り飛車は、突破されない将棋なんです。普通は飛車先を突破されて、捌くと思うんですけど、小林流は突破されないことを考えてる」

桐山「それは気づかなかった」

(中略)

午後7時30分

神吉「次の一手はどうしますか。えっ、谷川-羽生の指し手が入ってる?」

桐山「こら、おもろいわ」

 △6四歩の局面で神吉「次の一手はここにしましょか」と棋譜を桐山に見せる(正解は▲3九金だが、もちろんファンは知らない)

桐山「当たりませんね」

神吉「ヒントを与えて当たりやすくしましょう。ここで谷川王将が指した次の一手を考えてもらいます。ヒントは、持ち駒を使う……これをやると長引きます」

桐山「それ言うたら、全員当たるんじゃないですか?」

 集計の結果は99人が正解。

午後8時

 加藤-小林もすさまじい。3図から△2四金!▲1六歩△2六馬▲2八飛△3七馬!

桐山「加藤九段は▲3八飛に何分考えてます?」

神吉「えーと、100分ですね」

桐山「そうでしょうね。小林八段は▲3八飛と寄ったときに普通の手は全部読み切られた、と思ったと思う。相手の読めない手、意表を突いた手をやって、相手の読み筋を空転さす……それが△3七馬でしょう」

 プロならではの解説だ。

 本譜は△3七馬のあと、▲同桂△同歩成▲4四歩△5二銀▲4三角。

桐山「△3七馬に負けず劣らずの角打ち。しかし、こっちの角のほうが痛そうですね」

神吉「メチャクチャ痛い」

 どうやら加藤優勢のようだ。

 中原-有吉は有吉が勝った。有吉は残留を決め、中原は名人挑戦の目が消えた。有吉が安全圏に逃げたので、残留は南、加藤、田中、小林の4人の争いになった。

神吉「桐山先生は来期、B1で戦うわけですが、(この4人の中で)だれと戦いたいですか」

 イジワルな質問。桐山九段は苦笑いして「ノーコメント」。

午後10時

 4階の大盤解説場。こちらも満員だが、2階と違って静か。坪内が司会進行役を務め、村山に変化や狙いを質問する方式をとっている。

(中略)

 大盤が▲5四歩まで進んだとき、客席から突然「質問です!」とカン高い声。「△8六歩を▲同銀だとどうなりますか」。

 あれっ、この声は?質問者を見たら、やっぱり神崎五段だった。村山七段はノータイムでビシッと明快埋設。ひょっとしたら質問者の顔を見てなかったのかもしれない。

 指し手はどんどん進んで、高橋は待望の継ぎ歩が実現。坪内・村山の判定は「高橋よし」。

 高橋が勝った。田中ピンチ。南と加藤が負ければ助かるが……。

午後11時

 2階。谷川-羽生が、のっぴきならない局面になっている。

 5図。桐山解説によると、谷川の▲5二銀は「3九の金を守っている余裕はないと見て、攻め合いに活路を求めた手」。

 羽生は△7四飛。「こんな手を、よく指せるもんですね。パズルみたい」と桐山。以下▲4一銀不成△同銀▲2四歩△同角成(△6六角成は▲6二竜で馬を抜かれる)▲4八金△5二銀打。

桐山「後手は銀ばっかり、先手は金ばっかり。珍しい局面ですね」

神吉「しかし△5二銀打はすごい手ですよ。3階の控え室の検討では△5七銀と打ち込んで後手勝ちでは、という意見が出たそうです」

桐山「△5七銀は実戦では指しきれないですよ」

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将棋マガジン1994年5月号、河口俊彦六段(当時)の「将棋連盟の一番長い日 楽しみは尽きない」より。

 もう控え室は超満員。坐る場所もない。誰かが、50人は超えてるね、なんて言っている。

 継ぎ盤の、羽生-谷川戦のところに米長名人が坐り、さかんにジョークを飛ばし、喝采をあびている。

 羽生-谷川戦は12図。なんともいえないが、勝つのは先手谷川だろう、の空気だった。「だけど、谷川はさんざんこんなのをだまされているからな」の声も聞こえる。

 私にはさっぱり判らない。誰か参謀はいないかと、棋士控え室の方へ回った。こちらも満員だが、奥のスミで目立たぬように研究している二人がいる。その盤面を見ると、他と全然違う変化をやっている。

「それ、なんの将棋?」うしろから声をかけると、「えッ!?」と振り向いたのは飯塚四段で、その相手は屋敷六段(元日本一と言いたい)だった。

 いい人を見つけた。私は盤側に坐り、12図からの経緯を教わった。

 要約すると12図から、△6五歩▲7六金△6七銀▲同玉△7五角成▲同金△6六飛▲5八玉△5七銀▲同玉△3五角(王手竜取り)で羽生の勝ち、となる。

 その情報を控え室に伝えると「それ、誰が言った?」「天才だよ」「今日はそんなのいたかね」「屋敷君だ」。

 なんてやりとりがあって、ようやくその変化が盤上に並べられた。屋敷の名前が説得力を持ったわけだ。

 そうしているうちに、モニターテレビの盤面は進んでいた。

12図以下の指し手
△7四飛▲4一銀不成△同銀(中略)

 指されたのは△6五歩ではなく、△7四飛。控え室のあちこちから溜め息が出た。やってはいけない、と言われていた手だった。全体的に羽生の指し方が冴えない。

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将棋マガジン1994年5月号、池崎和記さんの「A級順位戦大盤解説レポート 関西将棋会館篇」より。

午前0時

 もうすぐ最終電車がなくなるというのに、まだ100人ぐらい残っている。どうやら最後まで見届けるつもりなのだろう。

 谷川-羽生は6図。指し手はここまでしか入ってない。

桐山「これはもう、どっちかが読み勝っているんでしょうね」

神吉「詰みですよ」

桐山「詰み?」

神吉「▲4二銀不成△4四玉のとき、▲4五銀と打てば簡単です」

桐山「たしかに詰んでますね」

神吉「しかし、変だな……」

桐山「棋譜が間違ってますよ」

 棋譜が正しければ、とっくに終わって大阪に連絡が入っているはず、と二人は思っているのだ。

神吉「最初から並べましょうか」

 そう、大盤の並べ間違いということもある。しかし、これには客席から「えーっ」とブーイング。

神吉「もう2局あります。加藤-小林と南-塚田。希望の多いほうをやります。どっちがいいですか」

 そこへ職員がやってきて「谷川-羽生の棋譜は合っているそうです」。場内、騒然。

 新しい棋譜が届いた。6図から▲4二銀不成△4四玉▲3六桂。

神吉「ノータイムで▲3六桂!こんなん逃したら羽生勝ちの可能性が高くなりましたね」

 だが、そうはならず、最後は谷川勝ち。その報が入ったのは午前0時30分で、客席から「おーっ」歓声が上がった。続いて大きな拍手。

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将棋マガジン1994年5月号、河口俊彦六段(当時)の「将棋連盟の一番長い日 楽しみは尽きない」より。

 15図で、▲4五銀△同玉▲5五飛△4四玉▲3六桂なら詰み。▲4五銀に△3五玉は、▲3六銀△4四玉▲4五飛△5四玉▲5三金まで。

 これを谷川はうっかりした。

 特別対局室に急ぐと、廊下から入った襖のところにひとり米長名人が立って、対局室内の気配をうかがっていた。大ポカをやった谷川、生き返った羽生、ギリギリの場面の息遣いを知ろうとしたのだろう。名人戦はもう始まっているのだ。

(中略)

 谷川は詰みを逃したのを知っていただろう。大ポカは指してすぐ気がつくもの。相手の反応、記録係の顔、遠く控え室の気配だって伝わる。

 ボヤくでもなく、下を向いていた。羽生は頬がふるえている。視線は自陣の右下スミに向いていた。それで詰みを読んでいると判る。

(中略)

 詰みを逃しては混戦になって当然。逆転したかと思われたが、正しくはまだ谷川が残っていたらしい。

(中略)

 ▲4七歩から▲7七飛と打たれたところで羽生投了。

(中略)

 ともあれ、羽生、谷川は同星となった。見事に谷川が追いついたわけだが、本局は会心の一局だったろう。詰みを逃したなど、勝ってしまえばきずにならない。

 浮かんだと思えば沈み、下降するかと思えば上昇する。谷川は不思議な棋士である。プレーオフでどちらが勝つかなど、考えることもできない。

将棋マガジン1994年5月号より、撮影は弦巻勝さん。

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将棋マガジン1994年5月号、池崎和記さんの「A級順位戦大盤解説レポート 関西将棋会館篇」より。

 その15分後、「南勝ち」の報。最終盤での大逆転勝ちだった。この瞬間、田中の降級が決定。加藤-小林戦は午前1時過ぎに「加藤勝ち」の知らせが入り、小林が降級。客席からタメ息が聞こえてきた。

将棋マガジン1994年5月号より、撮影は弦巻勝さん。

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「将棋界の一番長い日」という言葉は、厳密には調べていないが、大々的に使われたのは将棋マガジンのこの号が初めてかもしれない。

巻頭スペシャル「将棋界の一番長い日」と銘打って、

  • 河口俊彦六段の「楽しみは尽きない」
  • 池崎和記さんの「A級順位戦大盤解説レポート 関西将棋会館篇」
  • 中田章道六段の「A級順位戦大盤解説レポート 名古屋篇」

の3本の構成。

(将棋マガジン1993年5月号では記事のタイトルの前に「将棋連盟で一番長い日」、将棋マガジン1992年5月号グラビアでは「将棋連盟の一番長い日」というタイトル、1991年5月号ではグラビアの中の文章に「将棋界の一番長い日」が1箇所だけ出てくる)

将棋世界1994年5月号では「A級棋士の一番長い日 第52期A級順位戦最終局」として団鬼六さんが観戦記を書いている。

近代将棋1994年5月号では、グラビアで「棋士たちの大みそか」としている。

現在では「将棋界の一番長い日」が定着しているが、その元となる言葉「棋士の一番長い日」は、1980年前後の毎日新聞紙上で使われたのが最初だった。

「将棋界の一番長い日」の元の言葉は「棋士の一番長い日」だった

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ちなみに、将棋マガジン1995年5月号は「将棋連盟の一番長い日」に戻って、将棋マガジン1996年5月号は「将棋会館が熱く燃える日」となっている。

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「理想をいえば、そういう大勝負がテレビの生放送で見られるようになれば言うことなしだ。NHKの衛星放送でやってくれませんかね」

地上波、BSでは、限られたチャンネル数の中で将棋の番組ばかりを流し続けることは無理な話だけれども、現在のAbemaやニコ生や囲碁将棋チャンネルが大勝負の生放送を実現させている。

この1994年から比べると、今は夢のような時代ということになる。

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桐山清澄九段と神吉宏充五段(当時)のかけあいが絶妙だ。

「加藤九段の対振り飛車の特徴の一つは、自分のほうから端歩を突かないことですね」
「相手の読めない手、意表を突いた手をやって、相手の読み筋を空転さす

桐山九段の解説も、プロならではの視点のいぶし銀の解説。

桐山九段はB級2組からB級1組への復帰を最終局を待たずに決めている。

神吉五段の「桐山先生は来期、B1で戦うわけですが、(この4人の中で)だれと戦いたいですか」も、テレビでは話すことのできない大盤解説会ならではの絶妙の質問。

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東京の大盤解説会は、島朗七段、富岡英作七段、桐谷広人六段、林葉直子倉敷藤花、斎田晴子二段、高群佐和子女流二段の布陣。(段位は当時)

名古屋の大盤解説会は大須演芸場で行われ、森下卓七段、中田章道六段、杉本昌隆四段の解説陣。(段位は当時)

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羽生善治四冠(当時)が運転席にいる写真は非常に珍しく、

高橋道雄九段-田中寅彦八段戦の昼休中の写真は、盤上の形勢がそのまま表れているものであり、

羽生善治四冠-谷川浩司王将戦の写真、これは隣で対局(加藤-小林戦)が続いていたため、別室へ移っての感想戦の写真と思われる。両対局者の顔が紅潮しているのがわかる。まさに激戦直後といった雰囲気が漂っている。

加藤一二三九段-小林健二八段戦の感想戦の写真は、順位戦の苛酷さがそのまま表現されている。

弦巻勝さんの写真がこの日も冴えまくっている。

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「浮かんだと思えば沈み、下降するかと思えば上昇する。谷川は不思議な棋士である。プレーオフでどちらが勝つかなど、考えることもできない」

この日に勝てば名人戦挑戦が決まっていた羽生四冠。

プレーオフでは勝って、名人への挑戦を決める。

ヒールになってしまった羽生善治四冠(当時)…前編

「浮かんだと思えば沈み、下降するかと思えば上昇する」は、前年12月の竜王失冠以降の羽生四冠にも言えること。

紙一重の差でこの状況を振り切り、羽生四冠は七冠へ向かっての道を歩みはじめる。