杉本昌隆四段(当時)「ところでこれ何て書いてあるんだろ」

将棋マガジン1994年9月号、鹿野圭生女流初段(当時)の「タマの目」より。

☆喫茶店

タマ「あ、将棋のテレビゲームがある!!やってみよ」

杉本四段「え、やるんですか?」

タマ「ウン、私、知らんかったかも知れんけど将棋初段やねん」

杉本「ウーム」

―数分後―

タマ「ウェーン、王手攻撃されて、時間切れで負けた。相手は3級やのに―」

杉本「そんな、美濃囲いに組んだりしてるからですよ。居玉で鬼殺しやるでしょ」

タマ「はっはあー、なるほど」

杉本「ところでこれ何て書いてあるんだろ」

(五月陣戦と書いてある)

タマ「サツキ、ジン、セン、………あ、メイジンセンや!!」

杉本「え?どうして…」

タマ「五月は英語のメイやんか」

杉本「ほーー」

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「五月陣戦」は、株式会社セタが開発をしたアーケードゲーム。

当時の将棋ゲームは、勝つごとにプレイヤーの持ち時間が減っていったので、無敗でも最後には時間切れで敗れることがほとんどだった。

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「そんな、美濃囲いに組んだりしてるからですよ。居玉で鬼殺しやるでしょ」

杉本昌隆四段(当時)の指摘が鋭い。

相手が正しくとがめることができない場合は、鬼殺しの破壊力で押していくのが最も短手数で勝てるということになるのだろう。

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「サツキ、ジン、セン、………あ、メイジンセンや!!」

五月陣戦という名前を考えた人も凄いし、正しく読めた鹿野圭生女流初段(当時)も凄い。

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五月陣戦は五月人戦とも聞こえる。

5月生まれの名人がいるかどうか調べてみた。

  • 木村義雄十四世名人 1905年2月21日(火)
  • 塚田正夫名誉十段 1914年8月2日(日)
  • 大山康晴十五世名人 1923年3月13日(火)
  • 升田幸三実力制第四代名人 1918年3月21日(木)
  • 中原誠十六世名人 1947年9月2日(火)
  • 加藤一二三九段 1940年1月1日(月)
  • 谷川浩司九段 1962年4月6日(金)
  • 米長邦雄永世棋聖 1943年6月10日(木)
  • 羽生善治九段 1970年9月27日(日)
  • 佐藤康光九段 1969年10月1日(水)
  • 丸山忠久九段 1970年9月5日(土)
  • 森内俊之九段 1970年10月10日(土)
  • 佐藤天彦九段 1988年1月16日(土)
  • 豊島将之竜王 1990年4月30日(月)
  • 渡辺明名人 1984年4月23日(月)

意外にも5月生まれの名人は一人もいない。

  • 1月生まれ 2人
  • 2月生まれ 1人
  • 3月生まれ 2人
  • 4月生まれ 3人
  • 6月生まれ 1人
  • 8月生まれ 1人
  • 9月生まれ 3人
  • 10月生まれ 2人

Mayという言葉が日本に伝わったのは、「名人」という言葉ができた200年以上後のことなので、5月生まれの名人がいなかったとしても全く不思議ではないわけだが。

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歴代名人の誕生日を見てみると、木村義雄十四世名人、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人と、永世名人は火曜日生まれという図式が続いていたが、谷川浩司九段以降、「永世名人=火曜日生まれ」は崩れている。

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誕生日の六曜で見てみると、

  • 仏滅 4人
  • 赤口 4人
  • 先勝 3人
  • 先負 2人
  • 友引 2人

縁起の良くないとされるトップ2の仏滅・赤口で歴代名人の半数以上を占めていること、大安の日に生まれた名人がまだ現れていないこと、が将棋の奥深さを感じさせてくれる。