将棋マガジン1995年7月号、羽生善治六冠(当時)の「今月のハブの眼」より。
私の住んでいる所は目の前に桜並木があり、毎年、春になって花を咲かせているのを楽しみにしています。昼間も素晴らしいのですが、夜になると、ライティングをして、とても幻想的な雰囲気になります。
そんな時期もつかの間で、あっという間に桜の花も散り、新緑のまぶしい景色に変わってしまいました。
この原稿を書いている4月27日はとても暖かく、日差しも強い夏のような日だったので、4月にもかかわらず、半袖のシャツを着て、冷房まで使ってしまいました。
瞬間的なものなのかもしれませんが、今年も暑い夏になりそうな予感がしました。
日本には四季があって、それは素晴らしい事なのですが、何事も度が過ぎない方が良いので、昨年のように暑すぎて、しかも水不足にならないようにと思っています。
最近、荒俣宏さんの『福子妖異録』という本を読んだのですが、とても面白い話でした。
内容は、ある村が日照り続きでとても困っていて、その原因を調べると、水の神である竜神の子供、竜宮童子が行方不明で、竜神の機嫌が悪いということが解りました。
そこで、村の若者が竜宮童子を探す旅に出るのです。
紆余曲折をして竜宮童子を見つけるのですが、竜神へ帰す方法を誤って村は変わらずの日照り続きという話で、ある意味では怖い話なのですが、現実にも信じられないことが起こるものです。それは、今月の1局目、4月7日、8日に行われた名人戦第1局です。この将棋は逆転という表現ではくくれないもので、それこそ、神様のいたずらか何かでしょう。
(以下略)
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「私の住んでいる所は目の前に桜並木があり、毎年、春になって花を咲かせているのを楽しみにしています」
この頃の羽生善治六冠(当時)は中目黒近辺に住んでいたので、この桜並木は目黒川の桜並木だと考えられる。
目黒川自体はパッとしない川なのだが、桜並木は見事の一言に尽きる。
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「この原稿を書いている4月27日はとても暖かく、日差しも強い夏のような日だったので、4月にもかかわらず、半袖のシャツを着て、冷房まで使ってしまいました」
この日の東京の気温を調べてみると、最高気温が24度、最低気温が13.7度。ものすごく暑いわけではなかったけれども、「とても暖かく」という表現がピッタリの日だったのだろう。
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1995年4月の東京の気温を見ると、4日間で1日が25度近辺になるというペースで、決して暑い日が続いていたわけではなかった。また1995年4月の平均気温も15度と、他の年と比べても高くはなかった。
ところが、1995年8月の平均気温は29.4度と、観測を開始した1875年から2020年までの間で2番目に気温が高い8月となっている(1番は2010年8月の29.6度)。
羽生六冠の「今年も暑い夏になりそうな予感がしました」という予感は、見事に的中したことになる。
これは、六冠だから第六感が非常に冴えていた、とでも考えなければ、なかなか説明がつかないような出来事だ。
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「最近、荒俣宏さんの『福子妖異録』という本を読んだのですが、とても面白い話でした」
『福子妖異録』は、荒俣宏さんの短編集に収められている小説。
天気を自在にコントロールできるほどの超能力を持つ竜神が、竜宮童子がどこにいるのかわからないというのも不条理なことだが、仕方がないことなのだろう。
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荒俣宏さんといえば、『帝都物語』の最後の場面の千鳥ヶ淵の桜のシーンがとても印象的だ。
千鳥ヶ淵の桜と目黒川の桜並木、東京に住んでいる頃は、この2ヵ所の桜が特に好きだった。
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「現実にも信じられないことが起こるものです。それは、今月の1局目、4月7日、8日に行われた名人戦第1局です。この将棋は逆転という表現ではくくれないもので、それこそ、神様のいたずらか何かでしょう」
この名人戦第1局の大逆転は、昨日の記事に詳しい。
大逆転が神様のいたずらなのではなく、(逆転の遠因になったとも考えられる)多くの虫を対局場に差し向けたことが、神様のいたずらだったのかもしれない。
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