米長邦雄九段「ところで三浦五段には、このシリーズで数々のエピソードがあったそうですね。どうですか、三浦五段の棋聖戦五番勝負盤外秘話を披露してくれませんか」

近代将棋1996年10月号、米長邦雄九段の「米長さわやか流対談、この一局」より。聞き手は福本和生さん。

将棋世界1996年10月号より、撮影は弦巻勝さん。

米長 福本さん、今期の棋聖戦には驚きましたね。

福本 全く驚きました。

米長 3勝2敗で三浦新棋聖の誕生です。私は第1局を三浦五段が勝ったときは、三浦乗りの気持ちでしたが、第2、第3局の不出来な将棋を見て、やっぱりダメかと思っていました。しかし、第4局の名局、続く第5局の完勝と見事な将棋を指して栄光を手中にしましたね。

福本 第4局が棋聖戦史上に残るほどの秀局でした。2、3局のぽっきり折れるような将棋を見ていたので、第4局の三浦五段の底力には驚嘆でした。ひょっとしたらひょっとするかもしれない、という予感さえ感じさせる将棋でした。

米長 ところで三浦五段には、このシリーズで数々のエピソードがあったそうですね。どうですか”将棋の虫”の異名がある三浦五段の、五番勝負盤外秘話を披露してくれませんか。

福本 第1局の淡路島対局で、徳島空港から淡路島に向かうとき、車窓から点在する島々を見ていた三浦五段は「一人で来たらほかの島に行きそうです」。空港からの道路は一本道で迷いようがない。点在する島それぞれに道路がついているという発想か―。第2局では夜中にコンビニに出かけて牛乳とにぎりめしを買う。第3局の「陣屋」の昼食に出たウナギの美味に嘆声をあげ、第4局では部屋にゴキブリがいて蒼白、第5局では対局開始直前に整腸剤を飲む。

米長 ハッハッハッ。そのエピソードだけでこのページは埋まりそうですね。しかし、夜中に対局者がコンビニで牛乳とおにぎりを買うというのはユニークですが、夕食は食べたのでしょう。

福本 前夜祭のあと関係者で中華料理を食べましたが、偉い人がずらりといて三浦五段は緊張で食べられず、それで夜中の空腹となったのでしょう。

米長 中華料理のテーブルに羽生七冠王、さらに特別立会人に中原誠永世十段がいる。うん、私でも食事がのどを通りませんね(笑い)。いまの話を聞いていて思い出しました。三浦五段が新四段のとき、先輩の先崎学六段が将棋連盟で対局のとき「おはよう」と声をかけたら、それに対して三浦新四段は「オスッ」と返したそうです(爆笑)。

 翌日、先崎は私のところにとんできて「先生、私以上の大物が出ました」と、いたく感激していました。三浦五段に確かめてみたら、それはちょっと違うと言っていましたが、とにかく三浦五段の頭の中は将棋だけのようですね。

福本 同感ですね。羽生七冠王は対三浦戦で、違和感というか異質な感じがあったのでしょうか。

米長 私もタイトル戦を戦ってきましたが、世代の差での感性の違いはありますね。まあ、いわくいいがたしで、この違いというのはタイトル戦に出たものでないと、その実感はわからないものがあるように思います。

 羽生七冠王と三浦五段が戦う場合、年齢は同世代ですが棋歴は一世代の差があるでしょう。この世代の差というものは上位者のほうが強く感じますね。だから羽生七冠王はこれまでの対米長戦、対谷川戦や対佐藤(康)戦、対島戦、対森内戦らに比べ、対三浦戦には違和感のようなものがあったのではないか。勝負がどうこうではなく、なんとなく波長が乱れるということですね。

(中略)

米長 三浦五段の本シリーズに賭ける意気込み、闘志が羽生棋聖を制したといっていいでしょう。ところで三浦新棋聖誕生のあとはどうでした。大変な数の報道陣と聞きましたが…。

福本 20社、60人ほどの報道陣が詰めかけていました。三浦新棋聖は感想戦のあとの記者会見で「もっと強くなりたい」と話していました。これはおそらく初めてと思いますが、敗れた羽生六冠王も記者会見に応じてくれました。

米長 つらさを耐えて記者会見した羽生六冠王は立派ですね。さて、これから”三浦効果”がどう将棋界に影響するか。注目です。

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「ところで三浦五段には、このシリーズで数々のエピソードがあったそうですね。どうですか”将棋の虫”の異名がある三浦五段の、五番勝負盤外秘話を披露してくれませんか」

ここで挙げられている話以外も含めて、これまでの話をまとめると、三浦弘行五段(当時)の棋聖戦五番勝負でのエピソードは、

  • 第1局…徳島空港から淡路島に向かうとき、車窓から点在する島々を見ていた三浦五段は「一人で来たらほかの島に行きそうです」
  • 第1局…自室の貴重品用の金庫を忘れ、羽田空港からモノレールに乗り換えたときに気づく。
  • 第2局…上野駅からタクシーで対局場の「ホテル高輪」まで行こうとしたところ大渋滞。御徒町でJRに乗り換え田町まで。そこからタクシー乗ったが、運転手さんが初級者で「高輪プリンスホテル」へ連れていかれた。
  • 第2局…夜中にコンビニに出かけて牛乳とおにぎりを買う。
  • 第3局…対局前夜、女将さんに夜食のおにぎり、牛乳を頼んだ。
  • 第3局…昼食に出たウナギの美味に嘆声をあげた。
  • 第4局…部屋にゴキブリがいて蒼白。
  • 第5局…対局開始直前に整腸剤を飲む。

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福本和生さんは産経新聞の担当者であったので五番勝負全局を見ていたわけだが、福本さんの将棋マガジンでの棋聖戦第3局観戦記で、対局前夜、三浦五段が「陣屋」の女将さんに夜食のおにぎり、牛乳を頼んだと書かれている。

この時の米長邦雄九段との会話で、福本さんが第3局の「おにぎりと牛乳」を第2局でのことと勘違いしていたのか、あるいは第2局、第3局とも「おにぎりと牛乳」だったのか、どちらかは分からない。

たしかに第2局は東京都内で行われているので、ホテルの近所にコンビニがあったことはほぼ確実で、第2局、第3局とも「おにぎりと牛乳」である可能性は捨て切れない。

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どちらにしても、三浦九段らしいほのぼのとするエピソードばかり。

三浦棋聖(当時)は、第1局が行われた兵庫県洲本市に賞金の中から100万円を寄付している。

洲本市での淡路島対局(ホテルニューアワジ)は、阪神・淡路大震災からの復興を目指した地元からの誘致がきっかけで、この年(1996年)に初めて実現され、以来毎年棋聖戦五番勝負が行われている。

 

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