「棋士のエピソード」カテゴリーアーカイブ

将棋に置き換えて考えると余計にわからなくなる「こんな場合は将棋に置き換えてみれば簡単に答えが出るんだ」という問題

将棋マガジン1990年8月号、神吉宏充五段(当時)の「へえへえ 何でも書きまっせ!!」より。

 昼食休憩の時、米長に「キミ昼飯まだだったら、アンパンでも食いに行かないか」と誘われた。で、近くのパン屋さんに行くと、テレビで人生相談のようなものをやっている。それを見て米長が「こういうのを答えるのがオレは一番得意なんだ」と言う。

「こんな場合は将棋に置き換えてみれば簡単に答えが出るんだ。つまり、女房が浮気して、その相手にダンナにいうぞと金をせびられている。どうしたらいいかなんてくるだろ、そんな場合はその男が飛車なんだ。女はその男と別れたいが、飛車でかけた王手の味が忘れられなくて悩んでいるんだな。どうもニッチもサッチもいかなく見えるが、将棋に置き換えれば森安君や淡路君の中盤みたいなもの。どうだ、おのずと答えが出てくるだろう」

 ドロ仕合という言葉しか私には浮かばなかった。

(以下略)

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森安秀光九段は「達磨流」、淡路仁茂九段は「不倒流」あるいは「長手数の美学」。

やはり、持久戦の泥仕合という言葉しか思い浮かばない。

将棋に置き換えると、かえって訳の分からなくなることは、世の中に意外と多いと思う。

 

「私は、谷川王位の大ファンです。谷川王位の事なら何でも知りたいんですが、ぜひここだけの話を教えてもらえませんか。お願いします」

将棋マガジン1990年10月号、神吉宏充五段(当時)の「へえへえ 何でも書きまっせ!!」より。

Q.ここだけの話

 神吉先生、はじめまして。いつも囲碁・将棋ウイークリー拝見させていただいています。おかげで棋界情報をいち早く映像で見る事ができて喜んでいます。

 ところで私は、谷川王位の大ファンです。谷川王位の事なら何でも知りたいんですが、ぜひここだけの話を教えてもらえませんか。お願いします。

(富山県 Tさん)

A.タタリがコワイ

 おう、ウイークリーを見てくださっているとな。なんと嬉しいお便りじゃ!それに年ごろの乙女からの便りとあっては、ぜひ答えねばなるまいに。とはいっても、とっておきの話(ようさんあるで)をすると、T王位に「ほほう、そういうことですか」と冷たい視線を浴びせられそうなので、こりゃまたツライ。

 だからちょっとだけ。T先生は、最近お忍びでN崎県とかF島県に遊びに行った。そこで、う、これ以上は聞かんとってくれー。(あとがコワイ)

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谷川浩司九段がまだ独身時代の話。

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「ほほう、そういうことですか」

普通の人が言えば、別にどうという言葉ではないが、谷川浩司九段が言うと、世界が変わってしまうということなのだろう。

後年の話になるが、弟弟子の井上慶太八段(当時)も、やや似たようなことを経験している。

『兄弟子の秘密は何でも知っている』

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「N崎県とかF島県」は、もちろん長崎県と福島県。

長崎県については情報がないが、福島県なら思い当たる節もある。

谷川九段は1988年に次のようなことを書いている。

「塚田ファンの、福島TVアナウンサーの美女数名と楽しい時間を過ごし、敗戦の痛みを癒やした―かどうかは聞かなかった」

中村修七段(当時)は結婚に至ったが、中村修七段などと一緒に福島県に何度か行った可能性はあるかもしれない。

恋の序盤

中村修七段(当時)の大ファンからの質問

将棋マガジン1990年10月号、神吉宏充五段(当時)の「へえへえ 何でも書きまっせ!!」より。

Q.私は中村修七段の大ファンです。最近、テレビの解説で見ましたが、元気がなく悩まれておられるように思います。それは私の勘違いでしょうか?王将の頃の「当たりませんね」という明るさを一日も早く取り戻し頑張ってほしいのですが。(名古屋市 Kさん)

A.本人の弁でどうぞ

 ふんふん、元気がねえ……それにしても「当たりませんね」と呟いているところの中村先生が明るいんでっか?そんなんやったら、一緒に飲んどる時の明るさは1万ワットぐらいですわ。

 さて、ホンマに中村先生は元気がないのでしょうか。ということで、さっそく本人に聞いてみた。

「ハア? あのですね……暖かいお便りは嬉しいんですが、私は以前と変わっていないつもりです。近況ですか。8月1日から9日まで先崎・郷田両君と函館へ行ってきました。途中で青森のねぶた祭りを見たり、結構楽しかったですよ。函館には競馬が目的で行ったんですが、ボロボロでした。シュン」

 最近あんまり競馬の調子がよくないらしく、それで元気がないように見えたんかもしれまへんなあ。

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ファンとはありがたいものである。

ちなみに名古屋市のKさんは男性だ。

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「8月1日から9日まで先崎・郷田両君と函館へ行ってきました」

これはまさしく、「点のある・ない論争」があった旅行。

点のある・ない論争

「点のある・ない論争」・・・中村修七段(当時)の独白

点があったので、中村修七段(当時)に元気がなかったと考えることもできるが、Kさんがテレビを見たのは、その前の可能性が高い。

もともと中村修九段は落ち着いた雰囲気なので、元気の有無を判断することは難しいと思う。

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将棋マガジン1990年8月号、河口俊彦六段(当時)の「対局日誌」より。

 中村は困ったと思われるが、△3二銀と屈して受ける。局後私が「よく受ける気になったね」と言ったら「しょうがないですよ」と全然気にしてなかった。昔の姿に戻ったみたいである。

 あらためて書くのもどうかと思うが、中村には、王将位2期、棋聖戦挑戦の実績がある。それほどの男が昇級も出来ずにいるのはどうしたことか。中村にかぎらず「花の55年組」の失速は私にとって謎であった。人生上の悩みもなさそうだし、棋風を変えようの試みも、本質には関わるまい。スランプの理由が判らない。

 そんな中で塚田が元に戻った。次は中村の番のような気がする。人生は明るく、将棋は暗くが、中村流だろう。

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「将棋は暗く」は辛抱して受けることを苦にしないということ。

人生は明るく、将棋は暗く

なかなか良い言葉だと思う。

 

村山聖五段(当時)「雀卓の前で倒れても本望です」

将棋マガジン1990年3月号、神吉宏充五段(当時)の「何でも書きまっせ!!」より。

 さて、私は村山五段と対局だが、村山といえば最近は麻雀が命だそうで、師匠の森五段の言葉を借りれば命懸けで麻雀をやっているそうだ。

 とにかく雀荘に一人で打ちに行き、オールナイトの所があれば朝までは、やっている。先日の指し初め式の時には前日から打って朝に連盟に顔を出し、夕方からまた徹マン。

 村山はこう公言してはばからない。

「雀卓の前で倒れても本望です」

 私は想像する。あの風貌でふらりと一人打ちでやって来た村山を見れば何も知らない人間ならきっと怖くて打てないのではないかと……。

 ところで読者の皆さん、現在麻雀の関西最強といえば誰だと思いますか?正解は女流の鹿野圭生女流1級。その強いヒキには脇六段も引退を決意したといわれている恐るべき打ち手なのだ。(ゼッタイやらんとこ)

(以下略)

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一昨年亡くなられた元・近代将棋編集長の中野隆義さんは、村山聖九段の麻雀について、

  • 危険牌を打つとき、顔が45度くらい傾くのが癖
  • しかし、そういったときに限って、その危険牌が通ってしまうと少ししてから上がってしまう

と書かれている。

中原誠十六世名人が最終盤にトイレへ立ったとき、羽生善治九段の手が震えたとき、と同じように麻雀においては村山聖九段の顔が傾いたとき、必勝形ということになる。

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雀荘に一人で行く友人がいた。

知らない人と麻雀を打つなんて怖くないのかなと思ったが、よくよく考えてみると、将棋の道場も、知らない人と将棋を指すわけで、なるほどそういうものなんだなと一人で納得したことがあった。

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この頃の村山聖五段(当時)の麻雀について、泉正樹六段(当時)が書いている。

村山聖五段(当時)の四角いジャングル(前編)

村山聖五段(当時)の四角いジャングル(後編)

 

「君は強くなりそうだ。私が保証する。だからタイトルを取ったら賞金の1割よこせ」

近代将棋1986年4月号、山田史生さんのリレーエッセイ「棋界ちょっといい話」より。

 59年秋の十段戦七番勝負第2局、神奈川県の「陣屋」対局の時のこと。勝負が早く終了し、また東京に近いこともあって対局者や関係者の一部はその夜のうちに帰京。開放気分となった残留組の副立会・佐藤大五郎八段、記録の日浦市郎四段、それに私は「陣屋」1階のクラブで飲み、かつ歌った。この時、勝率が全棋士中2位という好成績だった日浦四段に対し、ご機嫌の佐藤八段、「君は強くなりそうだ。私が保証する。だからタイトルを取ったら賞金の1割よこせ」。日浦四段も雰囲気と勢いで「はい、わかりました」。

 にぎやかだったその夜も終わり、翌朝の小田急車中。「佐藤先生、話があります」と日浦。「あー何だ」「昨日の約束取り消してください。酒の勢いでした」。佐藤八段。陰で「何だ気の小さいことを」とぶつぶついったが、私は「大事な賞金を酒の上の約束でやるわけにはいかないのはもっとも。この男、タイトルを取るつもりだな」と、むしろ感心したことだった。

 昨秋、米長邦雄十段が砂丘でヌードになった姿が「フォーカス」に載り話題になったが、その真相は?

 米長十段は理由を聞かれ「あまり気持ちがよかったんで脱いだんだよ」と笑いとばしていたが、ある米長に近い人の話によると、少々裏があったようだ。米長十段の知人で、名のある某氏がフォーカスされた。公表されると具合が悪いことになる。相談を受けた米長十段がフォーカスと交渉した。「某氏の写真をボツにしてもらいたい。そのかわりに私が裸になりましょう」。

 そこで生まれたのがあの写真だったそうだ。米長の男気は立派。しかも”裸が売れる”男はそう多くいるわけではない。

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「君は強くなりそうだ。私が保証する。だからタイトルを取ったら賞金の1割よこせ」

「はい、わかりました」

100人中90人の方は、「だからタイトルを取ったら賞金の1割よこせ」の部分は、酒を飲んだ上でのその場限りの冗談だろうと思うはずだ。

しかし翌朝の会話で、二人とも120%本気であったことが判明する。

恐ろしいとともに、面白い世界だ。

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佐藤大五郎九段の逸話は豪快なものが多い。

豪傑列伝(2)

朝から闘志が充満している対局室

最短手数の将棋

佐藤大五郎九段自慢の一局