読む

読む

二上達也八段(当時)のチップ

今日は羽生善治竜王の師匠、故・二上達也九段の話。将棋マガジン1984年9月号、清水孝晏さんの「思い出の棋士たち 二上達也九段」より。 真夏の暑い座敷の隅で詰襟服の青年とおつむに申し訳程度の毛の残った武田信玄といった奇妙な取り合せで将棋を指し...
読む

「こんな高い対局料、後にも先にもないよ」

将棋マガジン1984年7月号、花村元司九段の「故灘蓮照九段を偲ぶ」より。 私が専門棋士として木村義雄先生に入門したのが昭和19年。事実上、21年度から順位戦対局。6年間の歳月が流れて27年、A級八段となる。超早指し棋士と評され、有頂天の頃で...
読む

灘蓮照八段(当時)「なあーに、あそこのお巡りはワシの弟子じゃ」

将棋マガジン1984年7月号、清水孝晏さんの「思い出の棋士たち 荒法師・灘蓮照九段逝く」より。 今年の二月の初旬、大阪の将棋会館で灘九段に会った。”オーッ、観戦かいなー。身体の具合はどないだあー”に、”先生も、お元気そうで”というと、”いや...
読む

「この日の光景などを目のあたりにすると、そんな薄っぺらな常識論を口にするのがはずかしくなってくる」

将棋マガジン1985年1月号、川口篤さん(河口俊彦六段・当時)の「対局日誌」より。 小堀は73歳。さすがに将棋はだいぶ弱くなったが、それでも全局、時間いっぱいまで頑張る。この人にとって、将棋を指すこと、それだけが生きがいなのだ。 この日も勝...
読む

「君代わりに投了しておいてくれ」

将棋マガジン1987年5月号、コラム「棋士達の話」より。 対局は深夜に及ぶことが多いが早指しの対局もある。見習いの記録係がその速度についていけずしばしボー然。気付いた故・高田丈資七段、親切に最初から教えた。書いていた記録係が「それから」と聞...