灘蓮照八段(当時)「なあーに、あそこのお巡りはワシの弟子じゃ」

将棋マガジン1984年7月号、清水孝晏さんの「思い出の棋士たち 荒法師・灘蓮照九段逝く」より。

 今年の二月の初旬、大阪の将棋会館で灘九段に会った。”オーッ、観戦かいなー。身体の具合はどないだあー”に、”先生も、お元気そうで”というと、”いや、あかんのや、もう手が読めんのや。昔は、どんなバカをしても盤の前に座るとシャンとしたもんだが、このごろは辛うて辛うて、かなわんなー”と、往年の荒法師とは思えぬ気弱な挨拶におどろかされた。”でも、声は、お元気そうでー”というと、”アホぬかせ。声は地声や。もう、くれるもんは、くれるようにしたから怖いものなしや。なんならお前さんにもなんかやろうかい” ”いやいや、こちらのほうが先でしょうよ”と、なんの気もなく棋士特有のやりとりをしたのだが、4月27日の新聞に先生の計報を見ようとは――。

和歌山にたずねる

 灘蓮照九段に親しく接し得たのは昭和三十二年五月二十三日、そのころ在住だった和歌山のお宅へ人形将棋の写真を撮りに伺ったのにはじまる。

 この人形将棋は紀州田辺藩の家老の持ちものではなかろうかといわれた珍しいもの。灘先生の自慢話しに釣られて出向いたものである。

 当時、私は奨励会の初段だったが、アルバイトに将棋世界の編集を手伝い、カメラに熱中していたので、腕だめしに撮ってこいということになったのである。

 そのころは、まだ一眼レフという便利なカメラがなかったので、レンズの前に接写レンズを付けて写すという難行苦行。見兼ねた灘九段は、”おーいどうだい、そのくらいにして息抜きに和歌の浦でも行かんか”と誘い水をくれた。

 いいかげんうんざりしていた私は”おことばに甘えてー”となったが、行くのは、こともあろうに、そのころ流行しだしたばかりのラビットというオートバイ。棋士は、箸より重いものを持ったことがないのが通説。こんなものに乗れるのかと、フシギに思った。それも相当くたびれたオートバイである。

 私の不安を察知したのか灘九段は”俺は十年も無事故だぞ。いいから乗ってみろ。坊主が運転するんだからケガはしない(毛がない)”のシャレを信用してつっ走る仕儀となった。

 言葉どおりにケガはなかったのだが、新和歌の浦から雑賀崎と廻ったところで悪路に落ちこみバックミラーがフッ飛んだ。

”あっはっは、とうとういかれたか”と、バックミラーをトランクに放りこみ(違反ですぞ!)、平気で交番の前を通るのである。”なあーに、あそこのお巡りはワシの弟子じゃ”

 まさに天衣無縫の行動に目をみはったものである。 

 僧籍に入ったばかりの灘九段には六時よりお勤めがあるはずだが、私は七時半の汽車で帰ることになっており、その前にインタービューもしなくてはならない。 

 さあーどうしたものかとオロオロしていると、”心配しなさんな”と片目をつぶりテープレコーダーを廻すと、そこから朗明たる灘九段の読経が流れてきた。

灘語録

 そしてメモの最後に、こう記している。

「将棋に長考する奴の気が知れん。手は決まっているのやー。長考するのは決断の自信がないからじゃ。将棋は指せば勝つような気がするが、一ヶ月に一、二局では気が抜けてしまう」

―失敗話しはありませんか、と問うと。

「手が見えて見えてウズウズしよる。相手が長考しているうちに頭ん中ではどんどん先に行っており、パチンの音にヒョイと指したら、それが十手先に指すべき手だったという失敗もある」

「ノータイム記録じゃ私は三十数手というのがあるはず」

 とき、あたかも三十歳。このあと三十三年にNHK杯に、三十四年には共同の日本一戦、産経の早指し王位戦と優勝。

 三十七年にNHK杯と共同の最強者戦、三十八年には日経王座、そして四十五年に待望の名人挑戦権を獲得したのである。

(以下略)

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”荒法師”の呼び名のイメージそのものの灘蓮照九段のエピソード。

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接写レンズは現在のマクロレンズのことで、被写体を等倍で写すことができる。

昭和30年代前半の当時は二眼レフの時代だったので、このような場合の撮影には苦労をしたことだろう。

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ラビットというスクーターは現在のSUBARUが製造していたもので、1946年から1968年まで販売されていた。

相当くたびれたオートバイ、「俺は十年も無事故だぞ」の言葉から、灘八段(当時)のスクーターは135cc空冷4ストローク単気筒エンジンの初期型と思われる。

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灘蓮照九段は、対振り飛車玉頭位取り、矢倉4六銀3七桂型などの創始者で、早指し早見え、駒落ちの鬼でもあった。

また、硬軟さまざまな逸話を持つ棋士だった。

名棋士の死

荒法師、灘蓮照八段(当時)

 

 

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