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内藤國雄九段「プロ野球や相撲は、いい試合をすれば観客動員につながりますが、将棋の場合はそうとはいえない面がある。ですから、たとえば、うちの師匠みたいに、将棋ファンのための道場をもつことも、棋士のつとめとして最高に近いもんだと思うんです」」

将棋マガジン1992年11月号、高橋呉郎さんの「形のメモ帳:内藤國雄 『伸び伸びしみじみ』の効用」より。 最初に内藤國雄九段の実物を目にしたのは、10年以上もむかしになる。観戦のあいまに大広間をのぞいたら、内藤がまだ少年時代の塚田泰明八段と...
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「横ちゃん」

近代将棋1992年11月号、湯川恵子さんの「女の直感」より。 横ちゃんは学生時代に四谷のアマ連の事務所へ遊びに来たんだってね。 じきに博士がうちへ連れてきた。目をきらきらさせて、大きな声でよく笑う。まだ小学生だった娘とも夢中で漫画の話をして...
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羽生善治竜王(当時)「はめたつもりが、はめられました。ハイッ」

将棋マガジン1992年12月号、大矢順正さんの「忘れ得ぬ局面」より。「はめたつもりが、はめられました。ハイッ」 局後、羽生善治竜王(当時)が初の竜王になった2ヵ月後の1990年2月に行われた第6回天王戦の六段戦の予選でのことである。天王戦は...
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「息子いわく『プロになりてえ。棋力は羽生と谷川が合体して、しゃべりは先崎』だそうです」

将棋マガジン1993年2月号、読者の投稿欄「コマゴマ掲示板」より。 小学1年の息子は、将棋が大好き。私が働いているので、今年の春休みは、保育園卒園後の4月初めに預かってくれるところをさがさなければなりませんでした。苦肉の策で保育園代わりに行...
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花村元司八段(当時)「ハダカか、せめて浴衣で指さしてくれたら、わしは塚田さんにも大山さんにも、負ける気はせんのだがなあ」

将棋マガジン1993年1月号、東公平さんの「升田幸三物語」より。 さて、昭和30年度のA級順位戦は、その花村八段と升田が8勝2敗の同率になった。決定戦三番勝負では1勝1敗のあと、升田が頓死を食い、花村が挑戦権を取った。作戦勝ちして「楽勝」と...