倉本聰脚本のドラマのような感動的な展開。
将棋世界1998年7月号、先崎学八段の「先崎学の気楽にいこう」より。
(太字が先崎八段の文章)
やっと歩くのに慣れて来た頃、鈴木大介君の結婚式に出た。順位戦のないこの時期は、将棋指しの結婚シーズンなのである。
席につくと、神吉と同じテーブルだった。なんだか嫌な予感が走る。隣には昨晩遅くまで飲んでいた郷田がいた。これも不気味である。ほら始まった。乾杯が終わった瞬間からだ。神吉の眼が輝く。口調は弾む。
「ほらいくでえ先チャン郷チャン、ほらほら最初はグー、あそれそれ」
我らは抵抗した。が、神吉の強引な攻めにはあまりにも無力だった。フツー結婚式で一気飲み大会なんてやるかねえ。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」で負けた人が一気飲みをする。1980年代初頭、六本木のミニクラブで既にこの遊びが流行っていた。
ちなみに中国の人と乾杯するときは、デフォルトの場合は一気飲みが正しい姿。
完全に我々のテーブルだけ浮いていた。そのうちにこっちも酔っぱらってきた。もう恥じらいもなくなり、じゃんけん乱痴気騒ぎはとどまるところを知らない。
酔った先崎・郷田コンビは、新郎新婦と「じゃんけん一気」をやろうと考える。
ビンとグラスを持って壇上に向うとき、二人が呆れた顔でこちらを見た。
新婦の美和さんは、若手棋士がよく行く店のマドンナ的存在だった。
ビールをついで、まさにこれからというとき、記念写真を撮りたいというオバサン達がドヤドヤとやって来た。ねーねー私とも撮ってよ。その姦しい声が、先崎、郷田を我に返らせた。
新郎新婦の家族もいたわけなので、この時大騒ぎをしなくて本当に良かったと先崎八段は書いている。
二次会は朝まで続いた。その席で、意外なことが起こった。鈴木君が、泣いたのである。結婚の話ではなく、将棋の話で、泣いた。僕は先崎先生の将棋にずっと憧れていたんですと彼は何度もいった。その僕(先崎八段)が、羽生、森内、佐藤というところに負けるたびに悲しいんですといって泣いた。美和さんや、実のお姉さんの前で、憚ることがなかった。
その姿を見ているうちに、皆の憧れだった美和さんが、何故年下の鈴木君に惚れたのかが、分かったような気がしたのである。
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私はこういう話も大好きだ。
「北の国から」風なら、鈴木大介八段役は吉岡秀隆さん、先崎八段役は岩城滉一さん、郷田九段役は布施博さん、神吉七段役はガッツ石松さん、美和さん役が宮沢りえさん、お姉さん役が竹下景子さん、というキャスティングになるだろう。