1988年の福島村日記

将棋ペンクラブ会報3号(1988年夏号)、故・池崎和記さんの「福島村日記」より。

池崎さんは後年、近代将棋で「福島村日記」を連載するが、この「福島村日記」はその第1回ともいうべき原稿。

某月某日

 森信雄五段が憤慨している。中国語の語学勉強のためウォークマンを買ったが「これがヒドイ欠陥商品」だというのだ。「ボリュームのつまみをいくら動かしても音が出んのや」。

 それが事実なら、なるほど欠陥商品である。ところが・・・やっと真相がわかった。

”機械オンチ”というのは、たしかにいるものだ。この人は、ウォークマンがヘッドホンで聴くものだということをまったく知らなかったのである。

某月某日

 村山聖五段はCD収集家だが、森師匠は「CDはあかん」という。

「わしはレコードがいい。CDは片面しか聴かれへんから、えらい損や」。

 この話、将棋マガジン五月号に神吉五段も紹介しているが、用心棒カンキに情報を提供したのは実は私。もちろん、実話である。

某月某日

 関西将棋会館の三階記者室は、例によって棋士がいっぱい。ここは、いこいの場であると同時に勉強室でもある。

 モニターテレビにメイン対局の終盤戦が映っている。盤面だけ。難解そうな局面で、対局者も長考している様子。さて、手番は先手後手どっちだろう。そこで私は、いつものように神崎健二四段に、

「だれの番ですか?」

 と聞いた。聞いてから、しまったと思った。相手が悪かった。彼は・・・胸を張ってこう答えた。

「池崎さん、何をバカなこと聞くんですか。”連盟の盤”に決まってるじゃないですか」

 よく、この神崎手筋にハマる。ときどき村山五段が神崎センセのマネするのは困ったもんだ。

某月某日

 会館内にドリンクの自動販売機がある。ところが棋士に一番人気があるのはウーロン茶だ。最近、サントリーの百円ウーロン茶のサイズが大きくなった。容量が増え、値段はそのままである。

 本間博四段は「得した気分」と喜んでいる。浦野真彦五段は「損した」と怒っている。どちらが正しいか。

 どっちにしろ浦野五段の言い分は「いままでの百円は、いったい何だったんや。もうサントリーは買わん」である。

(以下略)

—–

”森信雄五段のCDに対する見解”について神吉五段が将棋マガジンで取り上げた件は、昨年7月のブログ記事「1988年の森信雄五段と村山聖四段」で紹介している。

—–

昨年の12月のブログ記事「棋士室の検討風景」で、

平藤四段「棋士室に出入りしてたらみんな、そういう言い方するようになんねんなあ」

福崎「誰の影響やねん?」

平藤「神崎(六段)さんかぁ?」

A二段「はぁ(タジタジ)」

という箇所が出てくるが、これは1995年のこと。

昭和の頃から神崎健二七段は、関西将棋会館棋士室に大きな影響を与え続けてきたことになる。

このようなことが、良き伝統ということだと思う。

—–

浦野真彦七段の気持ちもよくわかる。

ある酒場(女性がいるような客単価が高い店だともっとわかりやすい)があって、その店があるとき料金を結構な率で引き下げたとする。

新しいお客さんが増えて店は一時的に繁盛するかもしれないが、今まで長年の常連客だった人達は「今までのオレたちは何だったんだ・・・」ということになる。

幸か不幸か、私が通い続けた酒場で料金体系が下がった店は一軒もなかったが・・・