佐藤康光王将「羽生さんお先にどうぞ」

将棋世界2003年4月号、神崎健二七段の「本日も熱戦 関西将棋」より。

 王将戦第4局の副立会人で山口県周防大島「大観荘」に。

 その前夜祭の日に聞かせていただいた話。彦根での第3局ではこういう場面があった。

 対局者のふたりが自室の八階に移動しようと一階からエレベータに乗ろうとした時のこと。

 佐藤王将がエレベータのボタンに近いところにいた時に後方に羽生竜王の姿を確認。

「羽生さんお先にどうぞ」

「いえいえ佐藤さんのほうこそお先にどうぞ」

 対局者のふたりがふたりだけで同時にエレベータに乗るということは七番勝負の最中にはまず考えられない。

 王将は竜王に敬意を表し、竜王はこの場での挑戦者という立場を考えて王将のほうこそと立場を譲り合う。

 このお話はスポーツニッポンで多くのスポーツ界(特にプロ野球)を長きにわたって取材してこられたベテラン記者で現在は役職に就かれている記者が、今回の王将戦でとても印象に残った場面だということで聞かせていただいた。

 戦いの合間にも「礼」をもって接する。今の世の中に最も欠けていることが、将棋界でのタイトル戦でのひとコマから感じ取っていただけたとのこと。

 譲り合いが続いては千日手となるので、結局その場は、スポニチの社長さんが両者を左右にまねくような形で間にはいられて同時にエレベータに乗るということになったそうだ。

(以下略)

—–

ジャンケンをして、どちらが後に乗るかを決める手もあったろうが、なかなかそうもいかない。

バトルロイヤル風間さんのマンガなら、将棋を指して勝ったほうが後に乗る、という提案が出される展開になるかもしれない。

エレベータのマナーには、さすがにユルい私でも気を使うところ。

スポニチの社長の仕切りは絶妙だったと思う。

そうでなければ、降りる時にも、

「佐藤さんお先にどうぞ」

「いえいえ羽生さんのほうこそお先にどうぞ」

となったはずだからだ。