阿部隆八段の感想戦

阿部隆八段は、温厚かつ誠実な人柄で、ファンに対するサービスも手厚い。→阿部隆強気応援サイト

兄弟子の福崎文吾九段との大盤解説などでは、ツッコミ役の阿部八段とボケ役の福崎九段のからみが絶妙で、大爆笑の場面が連続する。

(阿部八段は福崎九段の強さに憧れて田中魁秀九段門を叩いた)

阿部八段の将棋は、筋に明るく棋理を重んじる正統派で、故・芹沢博文九段から非常に高い評価を受けている。

そういう阿部八段だが、負けたときの感想戦だけは強烈なパターンになる。(勝ったときは、とても温厚な感想戦)

将棋世界1999年2月号、河口俊彦七段の「新・対局日誌」より。

東西を代表する、筋の良い棋士同士の戦い。

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図は石田和雄九段(先)対阿部隆七段戦。▲2四歩と突いたところで夕食休みとなり、阿部七段はずっと考えている。ここで考えるあたりに、阿部将棋の格の高さがあらわれている。

並みの棋士なら「とりあえず、取っておこう」と△2四歩と指す。それで不利とは考えられないからだ。

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以下、△8四角▲2三歩成△5四金▲3七銀△6六角▲同角△5五金

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一瞬のチャンスと見て、△8四角と出た。みんな、どうかな、という顔だ。この後、▲3七銀までは必然。阿部七段はそこでまた考えた。△5五金か△6五歩かのいずれかで、後手いくらかよい、との評判だった。

(中略)

戦いが佳境に入ったころ、羽生四冠、森内八段その他多くの棋士がそろった。

(中略)

そうして大広間を回っていると、阿部七段が、△6六角と切ったところだった。石田九段は席をはずしている。取った銀をポンと駒台に置き、記録用紙を手に取って「なんや、一時間も考えてしもうた」と呟いた。

控室へ戻って、そのせりふを言うと、みんなニヤリとした。名人(阿部七段の弟弟子の佐藤康光名人)も聞いていて「そんなこと言ってましたね」と微笑んだ。わかる人にはわかるのだが、こういったところが阿部らしく、そこを昔芹沢は好んだのである。もう十年以上も前だが、四段になったときは、羽生より阿部の方が才能は上、と言ったものだ。

その棋才は△6六角にあらわれている。これは不思議に気がつきにくい手である。控室でもこれを言った人はいなかった。

ところが阿部君は「これ以外は手が浮かばないでしょう」と言う。そして▲同角と取ったのについて「角で取るなんて一秒も考えなかった。▲同歩の一手と読んで、後を読みきったんです」。

「そんなこと言ったって、▲同歩はひどいよ。実は、私も△6六角をうっかりしていた。いずれにしてもこちらが悪いね」。石田九段は白旗を揚げた。

「しかし▲同角に△5五金ですよ。これはなんですか」

阿部君の声がとがっている。「そう言われても、私はわるいんだからしようがない」石田九段はひたすら繰り返し、そのたびに苦笑した。

△5五金と取った形は、二枚換えだから後手必勝。

この後、▲5三歩から▲3一角は唯一の反撃で、▲6四角成から▲5五角など、石田九段らしい手筋の攻めだが、これでも差がつまっていない。

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(上の図)▲5五角に△7三銀打と受けたところは△7三角のほうがよく、▲6四角△同角▲1二と△3六歩で、次に△4六角を狙って後手必勝だ。これを阿部君がなんと言ったか。

「△3六歩と、このクサった銀を相手にするのがしゃくなんや。必勝とわかっていても指せん」。昔高島、今阿部と言いたい。

本譜は図以下、△7三銀打▲6四角△同銀▲1二と△6六歩▲同歩△2七歩▲同飛△3八角▲2一飛成△2九角成▲2二飛となる。

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こうした”筋にハマった”将棋は、駒をいっぱいに働かせているから、ちょっと誤ると、ガラガラと崩れるおそれもある。升田将棋がその典型だった。

控室でもそんな心配をしていたのだが、△2七歩で杞憂が現実となった。

ここで一歩捨てたのが指し過ぎで、単に△4九角と打てばよかった。対して、▲2一飛成なら、△6七歩▲同金△6九角▲同玉△6七角成で寄り。このとき、一歩あるなしが大きく、実戦は、△2七歩と使ってしまったために、今言った△6七角成のときに歩がなく、▲2八飛で指し切りになる。

結局、図の▲2二飛となりあんなにうまく指していた将棋が逆転してしまった。ほんのちょっとしたことなのに……。将棋は恐ろしい。

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阿部隆八段と石田和雄九段の感想戦だから、どちらが勝っても負けても、面白い感想戦にならないはずがない。

阿部隆八段の感想戦からは目が離せない。