将棋マガジン1996年1月号、「佐藤康光&森内俊之のなんでもアタック」より。
渡辺明竜王の奥様であり、「妻の小言。」を書かれている伊奈(渡辺)めぐみさんの、1995年に指された将棋を。
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「佐藤康光&森内俊之のなんでもアタック」の第1回目であるこの回の企画は、目かくし多面指し(平手)。
佐藤前竜王の対戦者は次の3名。
- S君:松戸市の小学3年生。将棋は小一から所司和晴六段に習っている。現在アマ3級。
- 安食総子さん:21歳。女流育成会員。連盟道場で二段くらい。
- Sさん:21歳。東大農学部三年生。将棋部の準レギュラーで、棋力はアマ四段。
森内八段の対戦者は次の3名。
- N君:柏市の中学生。やはり所司六段の道場に通う。アマ3級。
- 伊奈めぐみさん:神奈川県の中学三年生。連盟道場でアマ初段。
- Tさん:東大教養学部三年生。やはり将棋部の準レギュラーでSさんよりも少し強いそうだ。
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ここからは、当時の模様を青島たつひこさん(鈴木宏彦さん)の文章から抜粋。
観戦者は約40人。対局が急に決まり、予告が十分でなかったのによく集まっていただいた。うち半数近い17人が若い女性ファン。羽生、郷田、佐藤、森内。こういった若手が掘り起こした、貴重な「新・将棋ファン」である。
佐藤前竜王はメガネを外して目をつむったが、森内八段は手ぬぐいで目かくしした。「このほうが集中できる」という。
(中略)
二人とも練習は一時間で終わったというが、練習とは雰囲気が違う。序盤はもっとぽんぽん進むかと思ったが、プロも一手に三十秒から一分くらい考えるケースが目立つ。一手一手、頭の中の盤面を確認しているのだろう。
佐藤前竜王の対局は、S君=相掛かり、安食さん=四間飛車、Sさん=ヒネリ飛車と、戦形が分かれた。
一方、森内八段のところは、三局ともアマが飛車を振った。N君と伊奈さんが四間飛車。Tさんが向い飛車。
森内八段は、Tさんに64手で勝ち、N君に圧勝。佐藤前竜王もS君に勝って、プロが三連勝中。
残る三局を見渡すと、いずれもプロ優勢、あるいは必勝態勢である。
「やっぱりね」「さすがだ」。観戦者のつぶやき。こちらもちょっとほっとした。少なくとも、Tさんを破った森内プロの三連勝は固そうだ。あとは佐藤プロがどうなるか。だが、事件はここで起こったのだ。
森内八段の前に残った一局。伊奈さんとの対局は図の局面を迎えていた。(先手が伊奈めぐみさん)
駒割りは後手の角香得。いうまでもなく、後手の必勝態勢である。
森内八段、ここで少し考えた。△6六角、△4八香。勝つ手はいろいろある。意地悪く指すなら△5一金打もある。いずれにしても、あと数手で先手投了という場面だ。
「△4七香」。森内八段の声。一瞬、周りの人間が息を飲んだ。△4八香のいい間違いと思ったが、もう一度「△4七香」。
十秒ほどの沈黙。記録係の勝又初段が申し訳なさそうに言った。
「指せません」。
「えっ」と叫んだ森内八段だが、すぐに「あ、そうか」といって、天を仰いだ。「4筋の歩は突いてなかったんですね」。
恐れていた反則が、この土壇場で出てしまったのだ。森内八段は「ずっと▲4六歩型のつもりで指していた」という。他の二局(いずれも振り飛車が▲4六歩型)の影響があったのは明らかだ。だが、余分な言い訳はしない。「反則は仕方ない。これは僕の負けです」と投了。
(以下略)
佐藤前竜王は残り二局を勝って、次の号の企画「目かくし五番勝負」へと進む。
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15年前の企画に、当時の安食総子女流初段が登場している。
この頃の渡辺明竜王は11歳で奨励会2級。
伊奈めぐみさんは、目かくし将棋の平手で森内八段に反則勝ちをしたという、誰もが絶対に巡りあえないような経験をした強運の持ち主ということになる。
この号の写真では、中学三年生の伊奈めぐみさんの髪型はベリーショートに近い。