近代将棋2000年11月号、鈴木宏彦さんの連載「プロ将棋はこう見ろ」より。
魔の夕食休憩直前。
図は平成2年1月の竜王戦。森内俊之五段(先手)と吉田利勝七段の対戦だ。
時刻は午後6時9分。このとき森内はすでに残り1分の秒読みに追われていた。あと1分経てば夕食休憩に入るのだが、その前にとにかく1手指さなくてはならない。
後手玉には詰みがありそうだ。森内は気付いていた。▲5三銀成△同銀▲6一竜△同玉▲5三桂不成以下。確かに詰む。
もう一つ、▲5三歩と打つ手も見えた。▲5三歩△5一玉▲5二歩成△同玉…。これで2分以上の時間稼ぎができる。
▲5三銀成として夕食休憩にするか、▲5三歩と打って夕食休憩にするか、迷った末に、森内はやはり詰ます順を選んだ。「58秒」まで読まれて指した手は▲5三桂成!
なんと秒読みに追われて、銀を成ったつもりが桂を成ってしまったのだ。
間髪入れずに吉田は△同銀。その瞬間、「夕食休憩です」の声。
▲5三銀成なら詰むが、▲5三桂成では詰まない。夕食休憩の間にそれを確認した森内は、再開と同時に投了した。駒台にあの1歩さえなければ、森内も詰みを逃がすことはなかっただろう。
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昨日の記事の高島五段の局面と、ある意味で似ている局面。
森内五段は潔い道を選んだのだが、持つ駒を間違えてしまった…
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森内九段が手番で、夕食休憩後一手も指さずに投了した有名なケースは、2003年の名人戦第3局(森内名人-羽生竜王戦)。
夕食休憩直前に投了すると、そのまま感想戦となり関係者の夕食の時間が遅くなってしまうので、そのことを配慮したのではないかと言われている。
森内九段なら大いにありうることだと思う。
将棋棋士の食事とおやつのデータによると、この対局は「大島アイランドホテル長崎」で行われており、二日目の夕食は、
森内名人がビーフカレー、羽生竜王はぶりかま定食だった。