檄を飛ばす。
近代将棋2006年7月号、故・池崎和記さんの「カズキの関西つれづれ日記」より。
4月某日
我が家の近くにあるホテル阪神で、森信雄六段一門の祝賀パーティー。山崎六段のB級2組昇級、安用寺五段のC級1組昇級、糸谷四段の棋士デビューを祝う会だ。
森一門にとっては3年連続の慶事で、同じホテルで去年は山崎さん(NHK杯優勝・新人王戦優勝・六段昇段)と指導棋士の川崎大地さん(三段に昇段)の祝賀会があり、一昨年は山崎さん(C1に昇級)と片上四段(プロデビュー)の祝賀会があった。
一般の将棋ファンなど、毎回200名くらい(かなり多い)が集まるのが森一門のパーティーで、今回も同様だった。案内状の作成と発送、会場の手配、アトラクションの企画など、すべて森さんがやっていて、毎回毎回、準備が大変だろうなと思う。
会場に入ると、いろんな方に話しかけられた。作家の黒川博行さんには「名人戦騒動はどうなっています」と聞かれ、東京から来た吉田純子さん(新宿ゴールデン街の将棋スナック「一歩」のママ)は「いま、ヤフーでコラムを書いているの。読んで下さいね」。
「池崎さん、これお願いします」と、クラッカーを持ってきたのは森夫人。主役の3人が入場したら、ひもを引っ張って爆音を鳴らすのだ。以前はクラッカーを使っていなかったような気がするので、夫人のアイデアか。
棋士を代表して谷川九段が祝辞を述べた。
「糸谷君が17歳で三段リーグを抜けたのは、最近では渡辺竜王に次ぐ若さです。これだけでも将来有望だということがわかりますが、棋士として評価されるのは、この2、3年が勝負。ぜひ頑張ってほしい」
「安用寺君はここ数年、力をつけてきた。よく連盟に来て勉強をしているので、今回の昇級は普段の努力が実を結んだのだと思います」
「山崎君が昇級するのは当たり前ですが、彼は去年の成績より一昨年の成績のほうが良かった。この一年の将棋を見ていたら内容的に問題のあるところがありまして、正直いって、このままではタイトルを取るのは難しいと思います(本人苦笑)。棋譜を見ると早い時間に終わっている将棋がいくつかあります。ファンの皆さんは、彼の対局を見るときは、どれだけ時間を使っているか、きちんとチェックしてプレッシャーを与えて下さい。山崎君に厳しいことを言いましたが、それだけ山崎君に期待しているということです」
(中略)
抽選で面白いのがあった。棋士とのデート券で、当たった人は山崎さん、安用寺さんと2時間、自由にデートができるのだという。
山崎さんとのデートを引き当てたのは、残念ながら女性ではなく、中年の男性だった。一体どんなデートになるんでしょうね。
パーティーは2時間を超え、主役の3人が壇上であいさつした。
まず山崎さん。「さきほど谷川先生からもお話がありましたように、正直いって、昨年は将棋を指してて充実した1年ではありませんでした。遊ぶのが楽しくて(笑)遊んでました。1年間遊んでいてわかったことは、将棋をきちんとしていないと、遊んでいても本当は楽しくないということです。これを機に、きちんと将棋を勉強していこうと思います」
安用寺さんは奨励会時代のエピソードを披露した。初段になったとき、師匠に「なんで初段になったんや。わしは初段にはならんと思って安心しとったんや」と言われたそうだ。
級位時代が長かったので、師匠はずっと気をもんでいたのだろう。
「安心しとった」というのは森流の照れ隠しで、本音は「これからはしっかり頑張ってくれよな」だと思う。
山崎さんと安用寺さんのあいさつは短く、いずれも1分ちょっと。
最後に登場した糸谷君は、開口一番「あいさつの時間は(3人で)15分と聞いていたので、もっと長く話さなければと思ってるんですけど」と切り出した。場内爆笑。さすが、大物ルーキーと呼ばれるだけのことはある。
糸谷君は「新四段で顔も名前も知られていないと思うので、きょうは顔と名前だけは覚えて下さい」と言いながら、アマチュア時代と奨励会時代の話をした。
時間は約6分。17歳の高校生棋士は、完全に先輩を圧倒していた。やはり大物である。
(以下略)
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皆が素敵だ。
それにしてもいつも思うことだが、池崎さんが亡くなったのは本当に惜しい。