真夜中の「お茶飲みに行きますよ」

「ちょっと、お茶飲みに行こうか」

最近はこのような言葉を聞くことは少なくなったが、「喫茶店に入ろうか」のような意味の言葉だった。

「お茶を飲む」と言いながら、コーヒーだったりジュースを頼む場合が多い。

喫茶店発祥の地は、1650年のロンドンのコーヒー・ハウス。

フランス語で喫茶店は”Salon de Thé”だが、フランスの喫茶店の主流は”カフェ”。

古来、ヨーロッパでは紅茶ではなくコーヒーを飲む場だった。

Wikipediaによると、喫茶店の「喫茶」とは、もともと鎌倉時代(源実朝の時代)に中国から伝わった茶を飲用し効用を嗜む習慣や作法をさす言葉だという。現在では、お茶に限らず、コーヒーや清涼飲料水なども含めて「喫茶」の概念に含められている。

「お茶」をどこまで拡大解釈できるか、が今日の話題。

近代将棋2003年3月号、遊駒スカ太郎さんの「スカタロの関東オモシロ日記」より。

A級順位戦が大混戦となっている。

(中略)

さて、そのA級6回戦の最後に行われたのが佐藤康光二冠-島朗八段の一戦。このときは恐ろしい罠にかかるとも知らずに、オイラは控室でのほほんと観戦をしていたのである。

相矢倉から後手の佐藤二冠が豪快な攻めを決めて快勝。この結果、佐藤は2敗を守って谷川、羽生、藤井のトップグループに並び、4敗に後退した島は厳しい残留争いを避けて通れない格好になった。島八段にとっては、この一番に勝っていれば挑戦権獲得の可能性もあったわけで、この星はバカデカだったのである。

感想戦も終わってあとは帰るだけ、という状態になったところで「スカさん、お茶飲みに行きますよ」としま八段が有無を言わさぬ厳しい口調でオイラに迫ってきたのであった。雰囲気から察すると、どうやら勝者の佐藤康光二冠とともにお茶を飲みに行くようである。

オイラはそのときの気分を正直に書くと、「お茶だけなの?」であった。

時刻は午前0時を過ぎた真夜中。ビール党のオイラとしては、お茶だけでなく観戦後の乾いた喉に冷たいビールを飲みたい、流し込みたい、浴びるように飲んでしまいたい、という青年の主張を壇上でぶちかましたい気分であったのだ。

しかし、対局後というのは、対局者の欲求が最優先される時間帯でもあり、わたくちめの青年の主張は、「ま、余裕があったらきいてあげるけんね」という弱い立場のものであり、対局を終えた二人が「お茶」といえば、それは「お茶」なのであった。しかも、島八段、佐藤二冠という組合せの場合はマジメにお茶だけ飲んで解散という恐ろしい展開も十分にあり、オイラはビール喪失の危機をこのときすでに察知していたのである。

しかし、事態はそれよりももっと恐ろしい方へ向かっていることを、このときのオイラはまだ知らなかったのであった。

千駄ヶ谷の将棋会館近くでタクシーを拾い、新宿で降りる。

スチャスチャと歩く二人に、オイラは「ビール、ビール、ビール……」と心の中で念じながらついていった。そして、二人が「ここにしますか」と指さした先には、にゃんと麻雀荘があったのである。

「ハポお?」

「じゃあ、ここで冷静に(何が冷静なのだか全くわからないのだが……)2回だけ打ちましょう」と島八段が顔色ひとつかえずに、本当に冷静そのものの口調で言った。

「そうですね」となぜか顔色ひとつかえずに、こちらも冷静に相槌を打つ佐藤二冠(なんでやねん)。

なんだかわけが分からず「あの…、お茶を飲みに行くのでは……」と恐る恐る質問したところ、「ここもお茶飲めますから」と非常に明快で冷静な解答を島八段からいただいたオイラであった。

そういえば過去に、滝誠一郎七段が「おいしいカレーを食べにいこう」と弟子の阿久津主税四段を誘って雀荘「峰」へ連れて行き、「ここのカレーはすごくおいしいんだ」と言ったという話をくすくす笑いながら聞いていたオイラであったが、よもや自分がそんな罠にはまるとは思ってもみなかったのであった。

麻雀は2回打って島八段の大快勝に終わったのだが、帰り際に島八段が「もっと遊んで遊んで~。このままじゃ帰る気になれにゃーい……」とオイラの袖を引っぱって言った。

その言葉に、数時間前、大勝負に敗れた島八段の行き場のない悔しさがにじんでいたような気がしたのである。

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東京の棋士の間では三人麻雀が主流だった。

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千駄ヶ谷の将棋連盟近くの雀荘に何度か行ったことがある。

その店が、雀荘「峰」だったかどうかはわからないが、若い女性が店番をやっている時もあった。

ラーメンが絶品だった。

そして、店番の女性が非常に綺麗な人だった。

店番の女性が気になって、いつも麻雀では負けていたような感じがする。