磯辺真季さんの観戦記

女性ならではの視点の観戦記。

近代将棋2004年7月号、橋本(磯辺)真季さんの朝日オープン第二局観戦記「ひとつの戦いが教えてくれたこと」より。

 対局場がどう思っているのだろう。タイトル戦をどう思っているのだろう。

芝苑は、いや、芝苑の若女将 久島眞知子は挑戦者が決まるまで行動しない。今年も深浦康市朝日オープン選手権者に誰が挑むかが決まるまでは、決して心にあることを実行に移そうとしなかった。なぜなら、タイトル戦とは「相対する二人のための舞台」だからである。まずは人ありき。舞台に人が立つのではなく、人のために舞台を作る。これが芝苑の、久島眞知子のタイトル戦への姿勢だ。

18年、芝苑の「ふるさと」の間は数々の戦いをその部屋の隅々に刻んできた。季節は同じように巡るが、そこに座る人も、そこで繰り広げられるドラマも同じではない。だからこそ、その時その人たちが一番映える舞台を作りたい。

対局開始前、「きれい」と若女将が目を潤ませた。深浦選手権者が駒袋を紐解いた瞬間である。

「18年間いろんな対局を見てきたけれど、駒が盤に出される瞬間をこんなにきれいだと思ったことはない」と若女将。駒袋から駒がさらさらと流れ出る様子は、まるでお手前のようだった。

対局終了後、対局室に駆けつけて真っ先に目に飛び込んだのは牡丹の茜色。大きな花びらの中にたくさんレースを詰め込んだような大輪の花が、紫がかった赤に様々な表情をつけている。

「咲いたね」と若女将。朝は子どもの握り拳のようにギュッと堅く閉じていたつぼみが、昼にはふんわりと力を抜いたようになり、対局が終わる頃にはにっこりと花を咲かせた。複雑で美しい陰影。まるで今日の対局そのままである。若女将の舞台演出が見事に決まった瞬間であった。

対局場はタイトル戦をどのように捉えているのか。全国各地で毎年いくつもの戦いが繰り広げられているが、旅館やホテルにとってタイトル戦とはどのようなものなのだろう。「将棋が好き、タイトル戦に携わるのは最高に幸せ」という若女将を見ていると「仕事」というより「究極の趣味」という感じがする。現に、対局場の照明には年々手が加えられ、カメラマンたちをうならせている。

今回、タイトル戦を間近で観ることになったが、とうとう私は最後まで対局室の敷居をまたぐことができなかった。静かな迫力に圧倒され、見えない壁を体中に感じ、それを突き破ることができなかった。しかし、深浦先生や羽生先生からなにかが発せられていたわけではない。昼食休憩の時、大広間でみんなと食事をとっていた羽生先生からは穏やかな空気が漂っていたし、対局室でちょっと右に傾いた羽生先生の後ろ姿はなんとなく可愛らしい感じもした。床の間を背にした深浦先生の表情だって、厳しくはあるが威圧的なものは微塵も感じられなかった。ただ、ひときわ静かに異様な空気を発していたのは、将棋盤。

二人の「気」を、その美しい木目に丁寧に吸い込んでは周りに静かな迫力を発散していた。

一つの戦いが終わった。今年も「ふるさと」は新しい何かをそのどこかに刻み込んだに違いない。

(以下略)

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女性ならではの彩のある観戦記。

芝苑へ行ってみたくなる。

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芝苑は、将棋界ではおなじみの大阪の老舗料亭。

芝苑のホームページの「将棋だより」に、この対局の時の写真が掲載されており、対局が終わる頃に花を咲かせた牡丹も写っている。

朝の牡丹

対局終了時の牡丹

女将の久島眞知子さんは将棋普及指導員の資格も持っており、2006年には大山康晴賞を団体として受賞している。

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芝苑の控室の盤駒は、あらゆるタイトル戦の控室の盤駒の中で、質・量とも最高と思われる。

控室の様子1

控室の様子2

昼食は、料亭の弁当。

三段弁当

ひさご弁当

また芝苑では、お茶の係の担当者(和服の美人女性)が、前日の検分の前に、大阪駅や宿泊先のホテルまで対局者を出迎えに行くことになっている。

第30期棋王戦

第23回朝日オープン

第24回朝日オープン

第25回朝日オープン

本当に行きたくなる。