1998年、佐藤康光八段名人挑戦権獲得前夜

人間万事塞翁が馬か、エネルギー保存の法則か。

将棋世界1998年6月号、先崎学六段の「先崎学の気楽にいこう」より。

 三月中旬に研究会の後、お昼からゲーム大会があると聞きつけて、島さんの家に遊びに行った。

 着くと、棋士が八人。皆順位戦が終わった直後で、それぞれにのんびりしている。飯を食って、お茶をのんで、また将棋を指す気にならないのだろう。そういう季節である。

 その中で、一人背筋が伸びてシャキっとしているのが佐藤康光君。なんでも明日は名人戦のプレーオフだそうな。「今日は早目に帰ります」

 開始前のひととき、島さんの淹れてくれた紅茶を飲んでいると、ふと棚の上に置いてある『黒ひげ危機一髪ゲーム』が目にとまった。誰からともなく声が出た。「そうだ、食後のデザートに、ちょっとあれをやりましょう」

 短剣を樽に突き刺していって、中の黒ひげをポーンと飛ばした人の負け。子供用のゲームである。当然、小額を賭ける。

 メンバーは佐藤、中田宏、中田功、鈴木大、先崎の5人。

 おそるおそる刺す者、きっぱりすぐ刺す者、黒ひげの背中から刺すのが必勝法という島さんの珍説を信用する者、様々であるが、なんとなく、おずおず刺す奴の方が飛びそうな気がするから不思議である。

 穴の数は三十。当たりは一つ。そんなに簡単に飛ぶわけがない。初回の二周目。皆が期待する佐藤君の番である。各人心の中で声援を送る。コールは飛ばせ、飛ばせ。

「俺、こういうの弱いんだとなあ」モテ光ぼやきが入る。息を吐いて深く吸って、おずおずそーっと差し込む。

 すっぽーん。

「あーーーー」

 皆が期待する瞬間にきっちり応える。まさにスターである。

 頭から湯気が出ている佐藤君をなんとかなだめてもう一回。

 負けた人からである。遠くから小倉が「これでまた飛んだりして」という。

 第一手、佐藤康光。そーっ。今度は悲鳴の方が先に感じた。

 すっぽーん。

「あーーあーー、ぎゃーあーヒドイゲームだあぁぁぁぁ」

 笑い転げる我々。自分の至らなさを痛感しちゃうモテ光君。

 三回目、今度は熱戦になった。残り穴が十個を切る。さすがに皆慎重に刺してゆく。まあ慎重になっても何の意味もないんだけれど。

 さあその時はやって来た。スター登場。場がシーンとなる。握り拳をつくる者もいる。

 スターが能書きをたれた。「こわがるからいけないんです。五つも六つもあって当たるわけがない。だいたいそんなに何回も負けるわけがありま、あーーーー」

「もういやだ、はいはい私が払えばいいんでしょ。好きにしてください」

 モテ光君、払い光君になって、すっかりふて光君になっちゃった。

「惜しかったね、飛ばした人が勝ちにすれば良かったね」

「先崎の同情なんて聞きたくない。どうせそうしたら自分が飛ばすと思っているくせに」

 もういやだという佐藤君をなだめてゲーム続行。四回連続こそならなかったものの出だしの三連敗は大きく佐藤君の一人負け。「今日はもう帰ります。ああヒドイ目にあった」

 次の日、プレーオフをNHKの放送で見る。終盤で難しい局面もあったものの、らしい将棋で快勝である。やはり前日に悪い膿を出したのが良かったのだ。名人戦でも前夜祭の後に黒ひげゲームをやれば佐藤名人誕生は間違いないだろう。

 ゲームに懸かっていたお金は僅かコーヒー代程度である。これで名人戦を釣れれば、海老で鯛を釣るどころのはなしではない。五人でやって三連敗する確率は1/125。それを出してしまうことに、奇妙な勢いを感じた。締切の都合でと途中経過は全く分からないままであるが、黒ひげをあれだけ飛ばせば、谷川名人もついでに飛ばしてしまうはずである。

 将棋以外のゲームで負けまくって、将棋だけ勝ちまくるというのは、棋士の一つの理想像である。麻雀はじめゲームで負けまくり、将棋を勝ちまくる佐藤康光流がこの名人戦で花を咲かすか、どうか。

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この時の名人戦挑戦プレーオフの相手は羽生善治四冠。

そして、この年の名人戦で、佐藤康光八段は谷川浩司名人から名人位を奪取する。

先崎八段の予言が当たったことになる。

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桜吹雪の日の熱戦

週末は、将棋ペンクラブ大賞最終選考会の原稿作成作業、飲み会、社会人リーグなどがあり、ブログの更新が難しいため、一昨日、昨日に引き続き、私が過去に書いた観戦記を掲載したい。

三度目に書いた観戦記は、2006年度NHK杯将棋トーナメント1回戦の島明八段-福崎文吾九段戦。

「桜吹雪の日の熱戦」という題で書いた。

華々しい大駒の乱舞と、今明かされるNHK杯の秘められたジンクス。

NHK将棋講座2006年6月号より。

—–

桜吹雪の日の熱戦

「このたびはおめでとうございます」

島朗八段が、先に控え室に入っていた福崎文吾九段と解説の阿部隆八段に挨拶をする。
福崎は昨年10月28日に九段に昇段し、免状授与式が4月中旬に行われる。阿部は3月にA級昇級を果たした。

福崎は阿部の兄弟子。阿部は福崎の強さに憧れて田中魁秀九段門を叩いた。

「福崎さんは人柄も良く、いろいろアドバイスをもらったりしています」(阿部)

少ししてから、いつもの温和な笑顔で、Kプロデューサーが控え室にやってきた。

「今日は、おめでたいことがあった方々が集まりましたね」

島も、前の週の竜王戦で谷川浩司九段に勝ち、目下9連勝中。昨年の6月に日本将棋連盟の理事になってから戦績が思わしくなかったが、12月以降は12勝1敗と完全に復調し、苦しかった順位戦も残留を決めている。

「力戦派で鋭利な終盤の福崎と、理論派で粘り強い終盤の島」(阿部)の一戦。

正反対な棋風のぶつかり合いゆえか、本局では、大駒が乱舞する華々しい斬り合いが繰り広げられることになる。

この日の東京は強風が吹き荒れ、満開の桜の花びらが宙を舞い踊っていた。

初手からの指し手

▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △4四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲4八銀 △5四歩 ▲5六歩 △4二銀 ▲6九玉 △5二飛 (1図)

福崎の新手順

対局前の控え室では、今期から司会を担当する中倉宏美女流初段に、福崎がいろいろ質問をしていた。

「ツーリング行ってはりますのん?」

「はい、これからはいい季節になりますね」

「中倉さん、僕のと違ってええのん乗ってるからなあ。あれ、なんていうたかなあ?」

「ハーレーです」

「ええなあ。ところで司会は慣れた?……何で僕が司会者にこんなに質問せなあかんの?」

中倉は笑いが止まらない。2度目の収録日をむかえた中倉を、本番前にリラックスさせようという気遣いだ。

スタジオへ移って、リハーサル終了後の短い休憩時間、福崎はスタジオの奥にある解説室に入って、阿部と話をしていた。この様子を副調整室のモニターでみていた女性ディレクターのNさんが叫ぶように独り言を言った。

「あー、福崎先生、解説室に入っちゃダメ!解説室に入った対局者は負けてしまうジンクスがあるんだから……あっ、そういえば去年、中村先生は勝ったか」

長く続いたジンクスは中村修八段によって断ち切られたらしい。

さて、本局の序盤、福崎が工夫を見せた。4手目に、1手損角換わり風に△3二金とし、島に▲7八金と上がらせておいてから角道を止め、中飛車に振った。7八に金があるため、居飛車側は穴熊にも舟囲いにも組みづらい。囲いを完成させるにも手数がかかる。振飛車側は、その間に悠々と穴熊に入城することができる。

「福崎さんがあたためていた戦法かもしれません」(阿部)

photo (1)

1図からの指し手

▲5八金 △6二玉 ▲5七銀 △7二玉 ▲7七角 △5三銀 ▲6六歩 △5五歩 ▲同 歩 △6四銀 ▲6七金右△5五銀 ▲5六歩 △6四銀 ▲8八銀 △8二玉 ▲8六歩 △9二香 ▲7九玉 △9一玉 ▲8七銀 △8二銀 ▲8八玉 △4三金 ▲9六歩 △7一金 ▲8五歩 △7四歩 ▲8六角 △4五歩 ▲7七桂 △5一飛 ▲4六歩 (2図)

福崎流穴熊

福崎の九段昇段が決まった1ヵ月後、関西本部所属棋士による手作りの、福崎の昇段を祝う会が催され、内藤九段、谷川九段をはじめとする多数の棋士や関係者が出席した。多くの人に好かれる福崎であればこそ。

また、福崎はこの3月まで「将棋世界」で33回にわたり、関西棋士の紹介やその棋士の内面の勝負観をレポートしてきた。

「福崎さんの大盤解説なら行くというファンが多い。一緒に解説していると、自分も笑ってしまう」(阿部)

福崎は、わざと悪い手をやって王手飛車取りなどにかかり、「しもうた」といいながら、正しい手を聴き手にわかりやすく解説する。

だが、「対局のときの顔は違う」(阿部)

7八金を無駄にしたくない島は銀冠を目指し、福崎は得意の穴熊へ。

福崎流穴熊は、6四に銀を配し、左金を攻めに使う。振り飛車名人といわれた故・大野源一九段の中飛車に似た攻撃形だが、穴熊なので、飛車を7二にまわり、玉頭を攻撃するねらいも秘めていることが、大野流と大きく異なるところ。

「福崎流穴熊は、堅さよりも遠さ」(阿部)

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2図からの指し手(○数字は考慮時間の累計)

△同 歩 ▲4八飛 △5四金 ▲4六飛 △4五歩 ▲4九飛 △4一飛 ▲9八玉 △7三銀引①▲5五歩① (3図)

島の開戦

島は、昨年6月以降、普及担当理事として全国を駆け巡った。将棋の大会や将棋教室を訪問し、ファンの満足度を上げ、ファンの定着をはかるとともに、新しい将棋教室を立ち上げるなど、ファンの裾野を広げる動きも精力的に行っている。

そして、この4月からは出版担当理事としての仕事が加わった。

島は、将棋ペンクラブ大賞が始まってから17年の間に、賞を4回受賞している。受賞回数としては歴代最多。執筆者と担当理事で役回りは違うが、出版は、島のセンスを活かせる分野であり、今後に大いに期待が持てる。

本譜、島は▲5五歩(3図)と決戦に出た。5四の金を動かして、馬を作るねらいだ。

photo_3 (1)

3図からの指し手

△同 角③▲5六銀 △6四角 ▲同 角 △同 歩 ▲3二角②△5一飛 ▲4三角成③ △5五金⑤▲同 銀④△同 飛 ▲5六歩 △3八角 ▲5九飛 △5八歩 ▲8九飛⑤ △5六角成▲4四馬 △7五歩⑦ (4図)

絶対に引かない飛車

△5一飛に、▲5二歩は、△同飛▲2一角成△5五金で、桂得はしても馬が主戦場から離れているため、本譜よりもかなり劣る。島は▲4三角成として福崎の攻めを催促した。

このまま▲5二歩を打たれてはいけない福崎は△5五金からの荒さばき。

この瞬間▲5二歩は、△5六金▲5一歩成△6七金▲同金△5八角で先手敗勢。▲5三歩も、△5六金▲同金△3八角▲5九飛△4七角成で後手面白い。

阿部は、福崎が28秒まで考えて△5五同飛としたことに「福崎さんは気合が入っている。この飛車は絶対に引かない」と断言。

福崎の△3八角に、島は▲5九飛と寄り、△5八歩を打たせた上で飛車を逃げる。ここに後手の歩があると、後手の飛車の進入を遅らせることができる。

飛車のさばきを求めた福崎の△5六角成に対しては、島は▲4四馬と引き付ける。

「▲4四馬で自信が出た」(島)

この馬は、後手の飛車と馬の動きを牽制しつつ、遠く7一金をにらんでいる。

ここで福崎が繰り出した手が△7五歩(4図)。喧嘩のないところに喧嘩を売る手だ。

「福崎さんらしい一手」(阿部)

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4図からの指し手

▲同 歩⑦△5九歩成▲5五馬 △同 馬 ▲5一飛⑧△5四角⑧▲5九飛 △5八歩 ▲同 飛⑨△5六歩⑨▲同 金 (5図)

中央での激闘

△7五歩(4図)は悩ましい。

「△7五歩は参った。取る以外ない」(島)

「取られる手以外なら自信があった」(福崎)

放置すると、△7六歩~△7五歩と上部を押さえられ、△7六銀からの攻めが成立する。

△5九歩成に▲同飛なら、△6七馬▲5五飛△7八馬▲同銀△7六歩が厳しい。

島は▲5五馬と飛車と刺しちがえ▲5一飛と打ちおろすが、福崎の△5四角が、馬と桂を守りつつ、△7五歩(4図)でこじ開けた玉のコビンを狙った手。

続く▲5九飛の馬取りに、福崎は△5八歩で飛車を、△5六歩で金を引き付けた。

5筋に飛車角4枚が並ぶ形となった。

photo_5 (1)

5図からの指し手

△8七角成▲同 金 △3三馬 ▲2一飛成 △6七銀 ▲6三桂 △4三馬 ▲3二角 △同 馬 ▲同 竜 △5四角 ▲4三角 △同 角 ▲同 竜 (6図)

勝敗の分岐点

福崎の△6七銀から△4三馬には鋭いねらいが込められており、仮に▲4一竜と逃げると△8七角成▲同玉△7六銀で先手玉は寄り。

▲3二角以下、そのねらいを封じる角打ちが繰り返され、先手の竜は4三まで移動した。これなら▲7一桂成が甘くなる。

ここで、福崎が手を誤った。

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6図からの指し手

△5八銀不成⑩▲7一桂成△同 銀 ▲5四角 △6八飛 ▲8八金打△8二銀引▲7九金△8八飛成▲同金上 △2一角 ▲4一飛 △4三角 ▲同飛成 △7九銀 ▲6三角打 (7図)

形勢傾く

△5八銀不成と飛車を取った手が、福崎の勝機を逸した手だった。ここでは、感想戦で福崎が発見した△7六角が決め手で、以下▲同金△同銀成▲8七金△8六金▲同金△同成銀で、先手玉は寄り形となっていた。

振り返れば、5図からの△8七角成には▲同玉が正しかった。以下△3三馬▲5二飛成(▲2一飛成と桂を取ると△4三馬で王手竜)。

「前のめりになっていこうと考えていたので、桂を取らない手順は考えていなかった。同玉から切らしにいくのは一番好きそうな手なのにな」(島)

▲5四角は、▲7三竜△同桂▲8一金をねらう攻防手。福崎も△6八飛から攻めにいくが、▲7九金と手厚く受けられ指し切り気味。島は▲6三角打(7図)から寄せにはいる。

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7図からの指し手

△7二桂 ▲5二竜 △8八銀成▲同 金 △7三金 ▲7四銀 △6三金 ▲同銀成 △6七銀不成▲7二成銀△同 銀 ▲同角成 △7六角 ▲8七銀 △7一銀打▲8二馬 △同 銀 ▲同 竜 △同 玉 ▲7四桂  (投了図) まで137手で島八段の勝ち

島、10連勝達成

福崎も徹底防戦するが、島の鮮やかな寄せにより後手玉は詰み。投了図以下は、△7二玉なら▲6二金△7三玉▲8二銀まで。△7三玉なら▲6二銀△6三玉▲5三金△7二玉▲6三銀まで。

島は、2回戦で中原永世十段と対戦する。

ところで、解説室のジンクスが今も続いているのかどうか、こればかりは時を経てみなければわからない。

三浦弘行八段の真骨頂

週末は、将棋ペンクラブ大賞最終選考会の原稿作成作業などがあり、ブログの更新が難しいため、昨日に引き続き、私が過去に書いた観戦記を掲載したい。

二度目に書いた観戦記は、2005年度NHK杯将棋トーナメント準々決勝の森下卓九段-三浦弘行八段戦。

「森下、意表の石田流」という題で書いた。

三浦八段による独特な石田崩しが現れる。

NHK将棋講座2006年4月号より。

—–

森下、意表の石田流

「今日から高崎市ですね」控室に入ってきた三浦弘行八段に、制作担当者が声をかける。この対局の収録が行われた1月23日、三浦が住む群馬県群馬郡群馬町は高崎市として生まれ変わった。故・福田赳夫元首相の生地でもある群馬町だが、群馬の三並びの地名は今後見られなくなってしまう。

三浦がコートを脱ぎ終わった頃、森下卓九段が「おはようございます」と元気よく登場。そして、森下がコートを脱いで着席しようとする頃、解説の木村一基七段が「寒いですねえ」と言いながら控室へ入ってきた。

森下と木村が揃えば、控室には会話の華が咲く。森下が沖縄へ仕事で行った時に、二日間で泡盛を8合飲むことになってしまった話、懐かしのテレビCM、健康問題など森下の話題は幅広い。一方の木村も負けてはいない。

「僕と同年齢の、外見が若かった行方君や野月君も最近では年齢相応の顔しています。でも三浦君は子供の頃と顔がほとんど変わっていません。それにひきかえ僕なんか特に…」

三浦は困ったような照れ臭そうな表情。

賑やかな控室も、スタジオ入りの時間が迫ると会話が止まる。2分ほどの沈黙の時間。

間もなく「スタジオへお願いします」と声がかかる。準々決勝第3局がこれから始まる。

初手からの指し手

▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀 ▲7八飛 △4二玉 ▲4八玉 △3二玉 ▲3八玉 △8四歩 ▲7五歩 △8五歩 ▲7六飛 △6四歩 ▲5八金左△6三銀 ▲9六歩 △4二銀 ▲2八玉 △5四歩 ▲3八銀 △5三銀 ▲6七金 △4二金  ▲5六歩 △1四歩 ▲1六歩 △7二飛 ▲9七角 △7四歩 ▲同 歩 △同 銀 ▲7五歩 △8三銀 (1図)

皆が驚いた▲7八飛

解説の木村七段の戦型予想は、森下の初手▲7六歩は絶対として、三浦の一手損角換わりだった。木村の見立てでは、三浦は木村との竜王戦挑戦者決定戦以降、横歩取りをあまり指さなくなっているということだ。

両対局者、深々と礼をして対局が始まる。

3手目で森下が角道を止めたので、角換わりを避けて矢倉に向かうと思われたが、森下は△6二銀を見て▲7八飛と飛車を振った。

この瞬間、観戦場所である副調整室では、複数の制作スタッフから「えっ!」「おっ!」の声が同時にあがった。

「予想は大ハズレですね。森下さんが振るとは・・・今でも信じられない」(木村)

ところで、本譜の8手目までは3回戦の森内-三浦戦と同一手順。森内名人の石田流に対し、三浦は居飛車穴熊で競り勝ったが、本局では三浦は趣向を変えて△6四歩と、石田流に真っ向から立ち向かう手順を選んだ。

森下の▲6七金は後手が棒金で攻めてきた場合に▲7八飛と引いてから▲7六金と対抗し、棒金を立ち往生させようという狙い。

三浦は△7二飛と寄り、飛車先の歩を交換し銀を8三に移動させた(1図)。これは、棒金の金の代わりに、退却しやすい銀にその役目を果たさせようという工夫。8四銀-9四歩の態勢から、△9五歩▲同歩△9六歩が狙い。こうなっては石田流が崩される。

photo (2)

1図からの指し手

▲7八飛 △8四銀 ▲7六金 △5二金上 ▲6八銀 △9四歩 ▲8八角 △8二飛 ▲6七銀 △7三銀 ▲7七角 △6二銀右 ▲4六歩 △6三銀 ▲9七香 △8四飛 ▲5八銀 △7三桂 ▲4七銀左 △8六歩 (2図)

三浦の本領

「三浦君は僕の結婚披露宴の最中、ずっと詰将棋を解いていたんですよね」と木村が言うほど、三浦は将棋一途だ。将棋の勉強を何時間やっているか聞かれて、即座に「24時間です」と答えたという逸話も残っている。研究も一人で行っており、その熱心さに、お母様が「受験勉強なら数年で終わるけど、将棋の勉強はずっと続くんですよね」とご心配されたこともあったようだ。

しかし、その鍛錬こそが、羽生七冠の一角を崩す原動力になったとともに、骨太な三浦将棋を創り上げてきた。

森下は想定通り飛車を引き、△8四銀には▲7六金と備える。

三浦は、森下の飛車先が重くなったのを見て△8二飛と戻し攻撃体制の再構築をはかる。8四の銀はブーメランのように6三へ戻った。

一方、森下は駒を繰り替え左翼を軽くする。

△7三桂で三浦は攻撃布陣を整え、森下は銀美濃を完成させた。

ここで三浦は△8六歩(2図)と開戦の火蓋を切る。

「放っておくと▲3六歩から▲3七桂と好形にされるので、今仕掛けるしかない」(三浦)

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2図からの指し手(○数字は考慮時間の累計)

▲同 歩⑤△8五歩 ▲6八飛 △8六歩 ▲同 角 △8一飛 ▲8七歩 △8五桂① ▲3六歩 △9七桂成②▲同 桂 △8二香 ▲8五桂打△7一飛 ▲3七桂 △8四歩 ▲7三桂成⑥△同 飛 ▲4五桂 △6二銀 ▲6五歩 (3図)

森下の本領

森下は昨年の6月から日本将棋連盟の理事となった。出版担当理事として、また瀬川四段のプロ編入試験プロジェクト担当として実績をあげてきた。激務の理事職と将棋の両立は難しいものだが、森下の今期の勝率は6割5分と、むしろ例年よりも高くなっている。将棋にも理事職にも、それぞれ真摯に取り組む森下の姿勢が相乗効果となって結果に表れているのだろう。

昨年の夏、アマチュア団体が主催する大規模な将棋大会の会場に森下の姿があった。会場内に連盟発行の書籍販売コーナーが設けられ、森下は連盟職員とともに販売活動にあたっていたのだった。月刊誌の年間購読申込者には森下自らが指導対局をする特典付きだ。午前中から夕方まで森下は指導対局をしていた。その姿には本当に頭が下がる思いがした。

2図の△8六歩の決戦に対して森下は▲同歩と応じる。▲同角と取ると△6五歩からの攻め筋が厄介だ。

△8五歩の継ぎ歩に▲同歩△同桂▲8八飛は△7七桂成以下二枚換えで先手不利。

△8二香に対する防ぎで打った▲8五桂はすぐに取られる運命にあるが、7三桂成で飛車を呼び寄せ、▲6五歩(3図)からの攻撃の当たりを強くする意味合いを持っている。

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3図からの指し手

△4四歩 ▲6四歩 △7二銀 ▲6五金 △4五歩 ▲7四歩 △9三飛 ▲4五歩 △1三角 ▲6七飛⑦△2二玉④ (4図)

厚みVS駒得

三浦は△4四歩と右桂も殺しにいく。これで桂香の駒得となるが、7二銀と8二香が働いていないことと歩切れが痛い。逆に森下は7筋と6筋を圧倒し、のびのびした陣形になっている。

△1三角では△9九角成から△3三馬と引き付ける手も有力だったようだが、その後の△2二玉(4図)に副調整室のスタッフから再び驚きの声があがった。

「解説不能です・・・」(木村)

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4図からの指し手

▲5四金 △3三金⑤▲4四歩⑧△4五桂 ▲4八金 △7九角成▲5五金 △5三桂 (5図)

△2二玉の意味

△2二玉(4図)の意味について三浦は次のように語ってくれた。第一には、いずれ桂を渡すような攻撃を仕掛けるので▲4四桂を今のうちに回避する、第二には▲5四金からの攻めが見えているので当たりから遠ざかる、第三には角を7七に引いてもらった方が負担が少ない。今のうちに逃げておいて損はないという判断だ。その効果は徐々に表れてくる。

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5図からの指し手

▲4三歩成⑩△同金上 ▲4六歩 △7八馬⑥ ▲7七飛 △同 馬 ▲同 角 △6七飛

(6図)

形勢開く

森下は▲4三歩成から桂を奪いにいく。△5四歩と打たれても▲4五金以下桂2枚と交換する算段だが、ここでは、感想戦で木村が指摘した▲5四金と戻るのが本筋だったようだ。後手の飛車の横利きが遮断されているのが大きい。

また、森下が悔やんだのは△7八馬に対する▲7七飛。△6七飛(6図)を見落としていたのだった。

「飛車を取られた後の形は悪いですが▲5八金と指すべきでした」(森下)

ここから形勢は急速に三浦に傾いていく。

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6図からの指し手

▲6八角打△7六歩 ▲8六角 △8五歩 ▲5八金 △6六飛成▲6三歩成△8六歩 ▲5三と △同 飛⑧▲4五歩 △7七歩成 ▲4六角 △6九竜 ▲2五桂 △3九角 ▲3七玉 △6七と ▲4八金 △2四歩 ▲3三桂成△同 桂⑨▲4九金打△4八角成 (7図)

隠居した飛車の復活

角取りと△5七桂成を同時に見せられているので▲6八角打の一手だが△7六歩以下、角は取られてしまう。▲5三とのところ▲7二とや▲6二とは手抜きをされる。しかし▲5三とも隠居していた飛車を復活させるので痛し痒し。

▲2五桂からの攻めも△2四歩と催促され△3三桂までが攻撃に参加してきた。こうなってみると△2二玉には妙な安定感がある。

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7図からの指し手

▲同 玉 △5七金 ▲同 角 △同 と ▲同 玉 △5五飛 ▲同 歩 △4五桂 (投了図)

まで、134手で三浦八段の勝ち

三浦、準決勝へ進出

△4八角成(7図)を▲同金は△1九竜がある。投了図以下は▲5六玉なら△7八角▲4六玉△5四桂▲同歩△6六竜▲5六金△5五金まで。▲4六玉なら△6六竜▲5六桂△5七角▲4五玉△3三桂まで。

「森下さんの大局観が素晴らしかったが、最後は三浦さんが勝ちきった」(木村)

ファンへの想い

昨年9月の将棋ペンクラブ大賞贈呈式でのこと。翌週に竜王戦挑戦者決定戦を控えた三浦が、著作技術賞を受賞した兄弟子である藤井猛九段のお祝いに駆けつけていた。(木村も同様に大賞を受賞した姉弟子の中井広恵女流六段のお祝いに駆けつけ、面白い祝辞が述べられた)

会場には女流棋士による指導対局コーナーがあり来場した将棋ファンの人気を博していたのだが、そこに三浦が飛入り参加した。予定されていなかったA級棋士から指導対局を受けたファンは感激してしまう。

「ファンの方が喜ぶ将棋を指したいんですが、プロは相手の狙いをはずし合うことが多くて……」と終局後に語る三浦。

不器用で将棋一途なイメージの三浦だが、その根底には暖かさが流れている。

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郷田真隆九段の真骨頂

縁があって、NHK将棋講座テキストでNHK杯将棋トーナメントの観戦記を3回書いたことがある。今から6年前のことになる。

生まれてはじめて書いた観戦記は、2005年度2回戦の郷田真隆九段-先崎学八段戦。

「郷田の真骨頂」という題で書いた。

自分の思い描いた絵図に向かって一直線に突き進む、郷田九段らしさ全開の攻め将棋。

今週後半は、将棋ペンクラブ大賞最終選考会の原稿作成作業などがあり、ブログの更新が難しいため、今日はこの観戦記を掲載したい。

NHK将棋講座2006年1月号より。

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郷田の真骨頂

対局前の控室、話題は視力だった。

「千葉さん視力はいいの?」

先崎八段が千葉女流王将に聞く。

「かなり悪いんですよ。外ではコンタクトですが家では眼鏡なんです」

「それは面倒だね。僕が受けたレーザー近視手術はお奨めだよ。どう、やってみれば」

「えっ・・・でもレーザー光線が眼球の底まで突き抜けそうで」

「今は心臓の手術だってレーザーを使っているんだよ。どうだ北浜君、やってみないかい」

眼鏡をかけている解説の北浜七段は、

「いやー、心臓ならわかるんですが眼はちょっと」。

やはり眼鏡の郷田九段は微笑みながら聞いている。

先崎のいる控室は賑やかだ。

十数分後。リハーサルが行われているスタジオでは盤をはさんで両対局者が向かい合っ

ている。

先崎は先程と打って変わってうつむき加減に厳しい表情で瞑想している。

郷田は淡々とした感じで盤を見つめている。

これから始まる対局は、この5週間で3局目の郷田と先崎の戦いになる。5週間前の棋

聖戦、10日前の棋王戦準々決勝、ともに郷田が勝った。これで対戦成績は郷田の8勝1敗、

先崎は郷田に分が悪い。

棋聖戦は郷田の陽動振飛車、棋王戦は矢倉だったが、本局はどのような展開になるのか。

記録係の許二段による振り駒は歩が3枚出て郷田の先手となった。

1図までの指し手

▲2六歩 △8四歩 ▲7六歩 △8五歩 ▲7七角 △3二金 ▲7八金 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成▲同 銀 △4二銀 ▲3八銀 △6二銀 ▲4六歩 △6四歩 ▲4七銀 △6三銀 ▲6八玉 △6五歩 ▲7九玉 △5二金 ▲9六歩 △9四歩 ▲5八金 △4一玉 ▲1六歩 △1四歩 ▲3六歩 △3一玉 ▲5六銀 △5四銀▲3七桂 △4四歩 ▲4七金 △3三銀 ▲6八飛 (1図)

昔気質の二人

今年は愛・地球博が開催され大好評だったが、先崎は日本で始めての国際博覧会である大阪万博の期間中、昭和45年6月に生まれている。郷田は翌年3月の生まれ。学年が一緒である。この昭和45年度生まれには誕生日順で丸山、羽生、藤井、森内らもおり、極めて驚くべき学年ということになる。

その中で、先崎と郷田の二人はタイプの違いこそあれ昔気質な面を濃厚に持つ個性派だ。

先崎は奨励会時代から麻雀、競馬などに熱中し、一時は将棋以外は遊んでばかりの日々を送る無頼派だった。この頃得た経験や物事の感じ方に元来の多才さが加わり、先崎は将棋だけではなく週刊誌のエッセイや著作でも活躍を続けている。

一方の郷田は男らしい棋士と称される。棋風は自分の思い描いた絵図に向かって一直線に突き進む攻め将棋であり、良い手よりも気に入った手を指したいタイプ。普段の言動にも男気がある。自分の信念を大事にし、人の真似は好まない。多くの棋士が棋譜の検索をパソコンで行っているが、郷田はパソコンを所有しない。必要性を感じていないということもあるが、パソコンを使うことによって郷田らしい感性が薄められることを良しとしないのかもしれない。

さて、両者の対局、後手先崎の作戦が注目されたが、△8五歩以下オーソドックスな角換わり腰掛銀の展開となった。

△6五歩はタイミング的に少し早いが、いずれ突く予定の歩を今のうちに突いておこうというもの。

観戦場所である副調整室では制作担当者が、「今日の先崎さんは慎重だな。序盤から時間をかけて考えている」と話をしている。

駒組みが進み、郷田は▲6八飛と転回した。後手6筋の位を逆用した動きだ。

郷田はお茶を二口飲み脇息を前にずらした。

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1図からの指し手

△6二飛 ▲8八玉 △4三金右▲2五歩 △7四歩①▲2八飛 △8二飛 ▲6四角 △9二飛②▲4五歩 (2図)

一気に決めれば・・・

先崎の応対は△6二飛。受けに重心を置いた手だ。ここで△2二玉なら▲6六歩△同歩▲同飛△6五歩▲6八飛(▲同銀は△同銀▲同飛△7四角で飛車金取り)△6二飛▲6四歩がこの時の両者の読み。しかし、終局後に郷田が「よく見ると突けるかどうか」と語ったように▲6六歩には△5九角と斬り返され、以下▲5八飛△7七角成▲同金△6六歩のような、先手にとって防戦一方となる変化があったのだった。

△6二飛により6筋での接触は回避され駒組みに手が戻った。

△7四歩を見た郷田は▲2八飛と戻り、先崎も飛車が6筋にいては仕事にならないので△8二飛と戻す。

「互いに手を作るのが難しい角換わり」(北浜)の中盤の難所、考え甲斐のある局面。

郷田は持ち時間一杯考えて▲6四角と打ち据えた。自ら手を作りに行く手だ。

先崎は△9二飛と避けたが、ここで△7三角と合わせるのは▲同角成△同桂▲6四角△7二飛▲4五歩と先手の角はなかなか死なずに後手の飛車と桂の動きが牽制される運びと           なり損な分かれ。

角を要所に配した郷田の後続手は▲4五歩。聞き手の千葉女流王将をして「カッコいいですね」と言わしめた手だ。ここから終局まで郷田らしさを絵に描いたような一直線の攻めが繰り広げられる。郷田は▲6四角と打つ時から「一気に決めれば勝つ。長引くと負ける」と考えていた。

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2図からの指し手

△4五同歩▲同 銀 △同 銀④▲同 桂 △4四銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲5六金 △2二玉⑥▲2五歩①△同 歩 ▲8二銀②(3図)

気が付かない一手

▲4五歩から銀交換の後、郷田は飛車先を突き捨て▲5六金と一旦締まる。

△2二玉は▲6四角の間接的な睨みを避けた動きだが、それに対し郷田は▲2五歩と継ぎ歩攻め。2四の地点に先崎にとっては気持ちの悪い空間が出来上がった。

ここで、いつもはフワッとした感じで駒を置く郷田が駒音を立てて放った手が▲8二銀(3図)。先崎が「銀を打たれて急に焦ったんですよね」と語るほど、なかなか気が付かない手だが、指されてみれば「なるほど」という手。桂や香を確実に手に入れて2四に打つ狙いだ。

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3図からの指し手

△4五銀⑧▲同 金③△4四歩 ▲8一銀不成 △9三飛 ▲8四銀⑥(途中図)△4五歩 ▲9三銀不成△同 香 ▲9二飛 △2三銀 ▲5五桂⑦△3三金寄⑨▲5三角成△4六角 (4図)

痛恨の一手

先崎の△4五銀は勝負手。続く△4四歩に対し▲5五金と逃げたりすると△4六角▲2五飛△2四歩▲2九飛△5二桂で大変なことになってしまう。金を逃げる手は幸せになれそうにない。

そこで郷田は▲8一銀不成と桂の方を取りに行き、香を渡したくないと9三に上がった飛車に対しては▲8四銀と強引に攻めた。(途中図)。

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△6三飛と逃げると▲9一角成で▲5五桂と▲2四香が残るので、先崎は飛車を見捨てて金を取る。先手は飛車を手に入れたが△9三同香が、狙われている香が銀を取りながら幸便に逃げる手であるため先崎は「▲8四銀は有り難い感じがした」と述べている。

郷田は強い手付きで▲9二飛。▲2四桂△4二金寄▲5三角成を狙っている。△2三銀はこの防ぎ。

▲5三角成に対する△4六角が、先崎が最も悔やんだ手だった。2四の地点を守りながらの攻防手に見えるが、郷田の攻めをパワーアップさせてしまう結果となったのだ。

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4図からの指し手

▲2五飛⑧△5五角⑩▲2四歩 △同銀 ▲同 飛 △同 金 ▲5四馬⑨△4三桂 (5図)

一瀉千里の収束

先崎は▲2五飛と走られる手順を見落としていた。△2四歩と受けると▲4五飛から竜を作られてしまうので△5五角の一手。

続く▲2四歩から▲2四同飛が郷田らしい力強さと思い切りの良さ。▲5四馬で一気に寄り形になってしまった。

振り返れば4図の△4六角では△3七角が正解だった。収録終了後に続いた感想戦で変化が何通りも検討されたが、どれも先手が難しいという結論になった。変化の一例としては▲2四歩△同銀▲4三桂成△2八角成▲3二成桂△同金▲4三金△8二金(A図)。△8二金と蓋をされるのが痛い。

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さらに立ち戻って途中図▲8四銀では▲2五飛△2三歩▲2四歩△同歩▲同飛△2三銀▲2八飛△4五歩▲2四歩△同銀▲同飛△2三歩▲2九飛と指す順も感想戦で検討された。

とはいえ、将棋は生身の人間と人間が指すもの。ギリギリの中で繰り出される手の応酬が多くのファンを喜ばせてきた。コンピュータには決して真似できない部分だ。本譜は郷田らしさが最も際立つ手順となっている。

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5図からの指し手

▲4一銀 △4二金打▲3二銀成△同 金 ▲4二金 △6九銀 ▲5五馬⑩△同 桂 ▲3二金 △2三玉 ▲3三金打△同 桂 ▲2二金 (投了図)

まで95手で郷田九段の勝ち

郷田、一気に決める

終盤も大詰め。▲4一銀は△4二金打と金を使わせてA図のような△8二金の蓋を消す手段。△6九銀は詰めろだが、後手玉は詰み。投了図以下は△1三玉▲1二金△同香▲3一角まで。

「▲6四角から終局まで1本の線がつながったような綺麗な流れ」(北浜)の一局だった。

NHKの近所にて

収録終了後の昼食時。昼食と言っても、これから別の仕事がある北浜以外の郷田と先崎、昼食に同席する機会を得た私は大振りの生ビールを飲んでいる。話題はアマチュアのプロ編入制度、コンピュータ将棋ソフトから一般ネタに至るまでと幅広い。

「先ちゃんのエッセイ毎週読んでるよ。いつも面白いよね」

「あの欄の愛読者はどういう訳か35歳以上の女性が多いんだよね」

先崎の週刊誌の連載は5年を超える。並大抵のことではない。ちなみに郷田は同じ週刊誌で中村うさぎさんのエッセイも愛読している。彼女も思ったことに向かって一直線に突き進むタイプだ。

生ビールが3杯目の頃、郷田が「ワープロ始めてみようかな」と言った。郷田は数年前の新聞で「究極のアナログ人間」(勿論良い意味でだが)と紹介されたことがある。当時から変わったことといえば、最近ようやく携帯電話を持ち始めたことくらい。北浜が「ワープロはなかなか便利ですよ」と勧める。「でもパソコンがあってもあまり使わないからな・・・そうだ、囲碁のネット対局ができるか」

郷田が仮にパソコンを手に入れたとしても将棋に活用するつもりはない。

それでこそ郷田である。

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