窪田ワールドのあけぼの

「東海の鬼-花村元司九段棋魂永遠記-」より、中野隆義さんの「一代の勝負師」(近代将棋1985年8月号)より。

 ある奨励会員がいた。花村門の一人なのだが、序盤がからきし下手で、定跡に詳しい敵に当たっては常に大苦戦を強いられていた。

 見るに見かねた兄弟子の一人が進言に及ぶ。

「先生。やつの序盤はちょっとヒド過ぎるので、私が一つ教えてやろうと思うのですが」

 弟弟子を思う言に、師匠・花村はこう応えた。

「君の気持ちはありがたいが、あいつは中・終盤に見所がある。どんどん勝っていくのに越したことはないが、序盤を教えちゃあイカン。あいつは序盤が下手だから、苦しい将棋をなんとかしようとして頑張っている。中・終盤に強くなるためには絶好じゃあないか。序盤は何番か失敗すれば自然と覚えていくものだ」

 発想の転換の妙に、恐れ入ったという。

(以下略)

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ここでいう奨励会員は、この記事が書かれる前年に入門した、窪田義行少年。

故・花村元司九段自身が中・終盤に非常な強さを発揮するタイプだったが、窪田義行六段の窪田流の世界は、棋風は異なるものの、師匠譲りのシステムということになる。