高橋道雄九段の”一途”

将棋マガジン1993年2月号、駒野茂さんの天王戦決勝〔高橋道雄九段-塚田泰明八段〕観戦記「明暗を分けたもの」より。

 対局場所は佐賀県武雄市の「武雄センチュリーホテル」内の「岳南荘」。このホテルの敷地内には「彗洲園」と呼ぶ日本屈指の名園があって、対局者、関係者はそれを見た時一様に、「す、すごい」「綺麗」と口々に話していた。

 前夜祭でのこと。

 関連新聞社各社と両対局者、立会人・丸田祐三九段、観戦記を務める広津久雄九段、大盤解説の大内延介九段、記録係の林葉直子五段を交えた約百人が楽しく歓談している中、高橋九段が筆者と仲良く話をしていた「週刊将棋」のK記者の近くに来た。そして、ボソッと一言。

「ねえ、あさっての朝、空港に行くまで時間あるでしょう。ちょっと打たない?」

「えっ、でも道具がないですよ」とK記者。

「借りれるんじゃないの、ホテルで。ウエアーは対局が終わった後に買いに行けばいいじゃない。それじゃあまた後で」

 打つ、というのは麻雀ではなくてテニスのこと。それにしても、高橋九段のテニス好きは相当なものだ。以前のことだがこんな話もある。王位のタイトル戦で、対局当日の早朝に打とうと思ったことがあったと。さすがにそれはまずいかな、と思いとどまったそうだが、こうしたエピソードを本人から聞いたり、時に実感すると、何か高橋九段らしい”一途”を感じる。

 それにしても、K記者と顔を見合わせて「本当にやるのかな?」「う~ん?」。

 二人は半信半疑で朝を迎えることになった。

 対局開始は午前9時。定刻15分前に高橋九段、10分前に塚田八段が着座した。

 記録係の林葉五段の白くしなやかな指が五枚の歩を宙に上げ、歩が四枚。高橋九段の先番となった。

(中略)

 図からは高橋九段の寄せを見るばかり。最後は大差となった。

(中略)

 明朝三人は、清々しい空気を吸いながら硬球を追い、気持ちの良い汗をかいた。

 白球を追った後、カメラを向けるとニッコリとポーズを作ってくれる九段。

 その笑顔に、朝日が祝福を贈るかなようにまぶしいほどの光を注いでいた。

—–

K記者は、スカ太郎さんか古作登 元・週刊将棋編集長と思われる。

—–

昭和の頃の話だが、職場の旅行などで温泉旅館へ行くと、

18:30 現地集合・宴会開始

18:40 コンパニオンの女性陣が登場

18:40~ 楽しく飲んだり歓談したり

20:30 とりあえず宴会は中締め

20:50 コンパニオンの女性陣に延長をお願いして飲み部屋(幹事の部屋)へ移って二次会。

20:50~ 楽しく飲んだり歓談したり

22:30 二次会終了。コンパニオンの女性達は帰路につく。

22:45~ それぞれの部屋に戻って飲んだり、飲み部屋で飲み続ける。

03:30 最後まで飲んでいた人たちが寝る

07:30 朝食。ほとんどの人が二日酔い。「なんで、このような遠くまで来て、観光もせずに東京でもできるようなことをしてしまうのだろう」という真理を抉るような発言も出るが、言った当人も周りの人たちも、昨晩楽しく飲んだことで満足顔。

10:00 現地解散

ということが多かった。

このような、私が何度も経験した澱んだ事例に比べ、高橋九段の早朝テニス、なんと清々しいことだろう。

—–

私は、中学に入って軟式テニス部と将棋部、高校で天文研究会と軟式テニス部に所属していた。硬式テニスは社会人になってから始めた。軟式テニスも硬式テニスもアマ8級ぐらい。

昔の写真を見ると、今からは考えられないが、山中湖や河口湖へ旅行に行ってテニスをした時のものが多い。

男性3人+女性2人、あるいは男性7人+女性5人などのような旅行だったと記憶している。

将来的に将棋も、旅行などで昭和の頃のテニスのような存在になってくれれば、将棋の世界の幅も大きく拡がるのではないかと思う。

—–

エースをねらえ!DVD BOX エースをねらえ!DVD BOX
価格:¥ 18,900(税込)
発売日:2012-01-20