将棋マガジン1993年7月号、鈴木輝彦七段の「枕の将棋学’93 対談を終えて」より。
棋士の考え方はそれぞれバラエティーに富んでおり、十人十色といった感じだ。否、何日かすると言っている事が違っている場合もあり、正しくは”一人十色”なのかもしれない。
「昔俺が言った事は忘れてくれ」は真部先輩の言。「じゃあ、今日の言葉もいつか忘れなければいけませんね」と厳しくつっこむと「いや、今日のは正しいんだ」と返ってくる。こんなやりとりで二十数年だから今さら驚きはしない。その場、その場で適当に言い繕っていくのが酒場では面白いようだ。
棋士が条件反射的に何か言ってしまうのには感想戦の影響が考えられる。
「この手は」と相手に訊かれて何か答えなければいけない時がある。正直に「読んでいませんでした」とは言いにくい局面もあるのだ。
これは人によってさまざまなリアクションになる。「それなんだ」と言って時間稼ぎをする人。「どうするんだったかな、読んでいたんだけど」と忘れたフリをする人もいる。「ハァー」と言ったまま動かなくなり、相手が最善の応手を言うまで黙ってしまうタイプもある。このタイプが一番正直な気もする。
中には亡くなった花村先生のように「これでいいんじゃないの」と言って三十手程の読み筋を披露する方もいた。「よく読んでいるもんだなぁ、凄いなぁ」と感心し、家に帰って棋譜を並べ直すと、戦いになってから数分しかたっていない。如何に読めるといってもこれでは無理な話である。しかし、それにしても見事な芸で、花村先生は感想戦の”即興詩人”と呼んでいいのではないだろうか。
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故・真部一男九段、私の頭の中での「格好良さランキング」が最近上昇中だ。