近代将棋1989年7月号、鈴木宏彦さんの若獅子戦観戦記「勝負師先崎、森下に快勝」より。
森下卓、先崎学、羽生善治、森内俊之、阿部隆。四月一日から九日まで、この超強力新鋭軍団が四国旅行へ行ってきた。
五人のうち三人が未成年だから、当然お酒とかギャンブルとは無縁な真面目な旅行である。
それでも一応、一番飲んだのは(お酒とはいっていない)、先崎四段。一番勝ったのは(ギャンブルとはいっていない)、阿部五段。一番元気だったのが、森下五段。一番疲れていたのが、阿部五段だったらしい。羽生と森内は? ああういうタイプはどこへ行っても優等生だから目立たないんですね、これが。
それにしても最近の若手は「ライバルなのに仲がいい」という関係が多い。
谷川名人は東京に来れば必ずといっていいくらい、塚田八段や中村七段と飲んでいる。その三人に島竜王が加わって旅行に行ったりすることもある。
先崎四段は羽生五段の顔を見れば「囲碁を打ちましょう」と誘っているし(先崎の方が二目くらい強い)、羽生五段が佐藤康光五段や森内四段の研究会に参加しているのも有名な話。森下五段もやっぱり新鋭同士で幾つもの研究会をつくっている。
大山十五世名人は「棋士同士、あまり仲よくつき合っている人間はトップになれない」といっているが、最近の若手は「協力すべきところは協力した方が合理的」と考えているようだ。どちらの考えが正しいかは分からないが、羽生や森内が引っぱるような形になって、若手全体のレベルが上がっていることは間違いない。
若手が嵐のように勝ちまくる時代は当分続くことだろう。
(中略)
四国旅行の幹事役を務めたのは森下五段。宿の予約をとり、みんなのスケジュールxを合わせ・・・みんな勝ちまくっている新鋭ばかりだから、対局の合間をつくるのが、結構大変だったらしい。
森下と先崎と阿部の三人は四月一日、対局が終わってから旅行に出かけた。そしてこの対局の四月十一日、将棋会館に来てみると、なんのことはない、旅行に行った五人が全員対局している。これはさぞ、手合係を悩ませたに違いない。
(中略)
森下五段は盤の前に座って「僕は真面目だから、一人でお寺巡りしてきました」。
森下五段が一人でお寺巡りしていると、あるお寺の境内でトランプをしている青年グループとばったり。「よく見たら、先崎君達なんですよ。笑っちゃいました」。
・・・青春なんだなあ。
さて、四国で青春を謳歌したあとは、四角い将棋盤の上で戦いである。勝負が始まれば先崎にも森下にも笑いはない。
(以下略)
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男同士でお寺でトランプをすることが、私の頭の中では青春の謳歌にどうしても結びつかなかった。
青春の謳歌といえば、海に向かって「バカヤロー」と叫んだり、夕陽に向かって走って行ったり、ガールフレンドと映画を観たり、バレーボール地区代表予選決勝で敗れて涙したり、というのがオーソドックスなイメージだ。
しかし、よくよく考えてみると、2012年の今、森内名人、羽生二冠をはじめとする同じメンバーがお寺の境内でトランプをやるとは思えないので、やはり”お寺でトランプ”は青春真っ只中ということになるのだろう。