王位戦秘話(3)

将棋世界2003年10月号、高林譲司さんの「王位戦秘話」より。

 タイトル戦の場合、対局室の厳粛さを保つことには最大限に腐心するものの、記者室や食事の席は存外和やかなものである。どうやら王位戦はその雰囲気が一層顕著のようで、ついついハメを外してしまうことがある。よく言えばおおらかで、取材に行きやすいタイトル戦だと言われるとうれしくなる。

 しかし度が過ぎると、次のようなことも起きる。

 1997年の第38期は連覇を続ける羽生王位に佐藤康光八段(当時)が挑戦。1勝1敗のあと第3局は8月5、6日、神戸市・有馬温泉の「中の坊瑞苑」で行われた。

 王位戦の有馬対局とくれば、正立会人は内藤國雄九段。その期は小林健二八段(当時)が副立会人を務めた。

 対局一日目の朝、早起きした佐藤挑戦者が風呂に行こうと部屋を出た時、廊下の隅に異様なものを見た。八階再奥の対局室の前で、向かいは記者室。その前の廊下で、人が倒れていて動かないのである。

「死んでいるのかと思いました」

 と後に佐藤挑戦者が真剣な口調でいった。

「殺人なら、まず疑われるのは第一発見者だよ」などとからかわれたのは後の話で、発見した瞬間は、何事が起きたのか、我が目を疑ったことだろう。何しろタイトル戦という特別の日の朝のことである。

 真相はこうである。この旅館は京懐石の料理がうまく、内藤九段の座談の妙が加わって、ついつい酒の量が増えてしまう。前夜の会食は対局者も終始笑みを絶やさないような和やかな宴席となり、食事が終われば、内藤九段の陣頭指揮のもとで、場所を移してのカラオケ合戦となるのが常。時には両対局者も1時間ほど付き合ってくれることさえある。

 私も同様、観戦記担当のI氏もくいくいとアルコールを飲み続け、内藤九段の歌に酔いしれ、かわるがわるにマイクを握った。

 歌が終われば記者室に戻って三次会。対局者はさすがに自室に引き上げたものの、両立会人や記者たちの酒宴はいつまでも終わろうとしなかった。さらには内藤九段が「私の部屋で飲み直そう」。疲れを知らぬ四次会である。

 天井は回り、意識はもうろうとなり、立会人の小林八段に対して「これからの将棋界は大変やで。健ちゃん、しっかりせいや」などといつも以上に口調もきつくなる。頃合いを見て、まず私が引き上げたが、I氏はさらに立会人らと飲み続けたという。

 この旅館は夜中に守衛さんが巡回し、部屋の鍵があいていれば閉めて回る。I氏の寝場所は実は対局室。モナコの故・グレース王妃も泊まったことがある和風スイートルームで、ツインベッドを記録係と分け合っているのである。閉め出されて行き場を失ったI氏は、そのまま廊下で寝込み、酒が手伝って、佐藤八段に発見された時は微動だにせず深い眠りにおちていた。これが真相だった。

「どうも有馬対局では、みんな最初の夜で五割ほどエネルギーを使ってしまうね」

 と内藤九段。まさにそうで、対局開始を見届けたあと、I氏も私も昼まで立上がることができなかった。ちなみに内藤九段は自室で詰将棋の原稿を書いていたというから、酒の強さは我われとは手合い違いである。

 第1、2局あたりで飲み過ぎると、「タイトル戦は始まったばかりですからほどほどに。最後まで持ちませんよ」と谷川王位からやさしくさとされることさえある。しかし一年に一度のタイトル戦が始まると、ついうれしくなっていつも以上に飲んでしまうのである。

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「中の坊瑞苑」にあるカラオケバーは「センチュリー」。

当時も今も同じシステムかどうかはわからないが、一般席のほかに、20名まで入れるリリー、15名まで入れるローズの二つの個室がある。

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将棋世界2003年10月号のこの記事には、やはり1997年の王位戦第3局の写真が掲載されており、イニシャルにした意味が全くないほど、観戦記担当のI氏こと、故・池崎和記さんが大きく写っていて、とても面白い。

部屋の鍵が閉まっていたという不運の中、消去法的に考えても、廊下に寝たのはベストな選択だったと思う。

池崎さんは多くの棋士や将棋界関係者から愛されたていた。

池崎和記さん

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二日酔いの日は、とにかく時間が経過して苦しみが去るのを待つしかない。

二日酔いを楽にする飲み物などがあれば良いのだが、そのようなものがあれば誰でも飲んでいるわけで。

逆に、二日酔いの時に飲むと、かえって苦しさが増してしまう飲み物が多い。

私の経験上、二日酔いの日の午前中に飲んではいけない飲み物を挙げてみたい。

炭酸飲料

炭酸飲料は飲んだ瞬間は気分爽快なのだが、飲んでから3分もすると、じわじわと胃が不快感に襲われることになる。コーラでもサイダーでもファンタでもCCレモンでも同様の傾向。

柑橘系ジュース

飲んだ瞬間に後悔をしてしまうのが柑橘系のジュース。胃から何かがこみ上げてきそうな気分になる。酸味が良くないのかもしれない

オレンジジュースは結構厳しく、レモンジュースは更に苦しくなる。グレープフルーツジュースは想像しただけでも胃から逆流しそう。

飲む場合は、リンゴジュースが無難だ。パインジュースとグレープジュースは極めて微妙。

アイスコーヒー

私はもともとアイスコーヒーが好きではないので二日酔いの時に飲むこと自体が無謀なのだが、アイスコーヒーを飲むと、胃が20cmくらい下方へ移動したような重い気分になる。苦味が罪だ。不思議とホットコーヒーは可もなく不可もなく。

氷菓系ではないアイスクリーム

二日酔いのときにバニラアイスクリームを食べるのは、ほとんど自虐行為と言えよう。

一気に気持ち悪くなること請け合い。私は23歳の時に経験して以来、一度も試していない。