将棋マガジン1995年1月号、屋敷伸之六段(当時)の「若手棋士リレー自戦記 記憶の残る棋士に」より。
9月初めに坊主になった。もちろんなりたくはなかった。自分の頭を家に帰って鏡で見る。あまりにも違う自分がいたので、気絶しそうになった。ものすごく後悔した。
その後すぐ、浜松でサッカー部の合宿があった。みんなから質問攻めにあった。地元の方からも言われた。 「なぜ坊主にしたのですか」
人の触れられたくない部分に踏み込んでくる。心の中でコノヤローと思いながらも、笑いながら、いやあ意味ないですよ、と言う。また自分がいやになってしまった。
それから1ヵ月ぐらいたつとようやく髪の毛も長くなってきた。高校球児のようだと言われ、自分でもけっこう気に入ってきた。
でも、もう坊主にはしたくない。
くだらない賭けはやめようと思った。
(以下略)
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どういう賭けだったのかは書かれていないが、この記事の写真を見ると、屋敷六段(当時)は、高校球児というよりも、田中邦衛さんそっくりな髪型になっている。 災い転じて福となす。 この頃から、屋敷九段は現在のような短い髪型に定着したのだと思う。