豊川孝弘五段(当時)「子供の頃から憧れていた森雞二九段」

将棋世界2002年1月号、豊川孝弘五段(当時)の第43期王位戦予選〔対 森雞二九段〕自戦記「魔術師のひねり飛車と戦う」より。

 僕が将棋にはまって、夢中になりだしたのが中学2年生。その時初めて買った将棋の実戦集が「森雞二の中飛車好局集」。1局1局を「うぁーっ、すげえ」と感動しながら並べたことを、今でもはっきりと覚えている。

 森九段の将棋と言えば「終盤の魔術師」「イナズマ流」「一閃」等々、強烈な感じでかっこいいものが多い。実際、森九段の将棋からは、そういった匂いがプンプンしてくる。

 森九段と対戦するのは。本局で2局目。1局目の対戦、まずは頭に焼きついている図をご覧あれ。

 図で魔術師の指し手は、△3五歩。シブイ。1三馬の働きを消しにかかった受け感覚の一着。ただこの手は僕も読み筋で、狙いの一手を放った。▲8三歩。対してノータイムで△同銀。この手で僕はしびれてしまった。以下▲6三歩成と、と金を作って好調にみえるが△2九と▲3一飛△5一桂と進んでみると僕の敗勢。以下80数手将棋は続くが惨敗。持ち時間が3時間の将棋だったが、森九段の指し手はほとんどがノータイム、”力”と”センス””格”の違いを頭に刻まれた一局だった。そんなこともあり、実は8年半ぶりの対戦なのだが、心して本局に挑んだ。

(中略)

 四段になってから10年が過ぎた。盤上での活躍は『記憶』になし。これからの活躍も……。悲しくなってきたので、やめにしておこう。

 ただ今期順位戦は、今のところ結構たのしみがある。このまま茶飲み友達のI藤能さんとともに、上がったりなどしたら、「冴えない中堅の逆襲」と活字に書かれたりして、なんてことを考えたりしている(ウソ)。

(中略)

 森九段といえば、盤の脇に日本一高い山のミネラルウォーターがいっぱい、というイメージが僕の頭の中にはあったのだが、本局、森九段の脇には緑茶のペットボトル?今でこそ大勢の棋士が、ミネラルウォーターなどを脇に戦っているが、僕が奨励会に入ったばかりの昭和57年当時は、ほとんどの棋士が、野田さん(当時連盟4、5階の主と言われた伝説のおばちゃん)か塾生の入れたほうじ茶を飲む人が大半だった。

(中略)

 将棋指しの手は華奢な感じで、子供の頃から将棋の指し過ぎが原因で、人差し指が駒をつまみやすいように、中指側に反っている人が大勢。

 そんな中で森九段の手は、ごつく感じる。「ブシッ」。ふつう駒音は「ビシッ」と表現されることが多いが、森九段の力強い独特の駒運びからは「ブシッ」という感じで、僕の耳には響いてくる。好きな手つきの一つだ。

(中略)

図以下の指し手
▲6五歩△同歩▲同桂△6四角▲8八角△3三桂▲2七銀△7四歩▲同歩△7五歩▲7三歩成△同桂▲6六飛△6五桂▲同飛△8六歩▲同歩△8二飛▲7七角△7六歩▲5九角△7七歩成▲同角△7二飛▲7八歩△7六飛▲5九金(図)

 ▲6五歩が機敏な一手。4図の△9二飛では△8二飛が堅実で正解だった。以下▲2七銀ならば、そこで△9二飛~△7二飛と千日手含みで頑張る。ともかくそうやるべきだった。

(中略)

 ▲8八角。うまい手だった。全然気付かなかった。続く▲2七銀もいい手だ。完璧に”森ワールド”にはまってしまった。△7四歩の18分間は、手を読んでいたというよりは、唖然としている時間だった。▲7三歩成を利かしてから▲6六飛も冷静。▲7三同桂成ならば△7六歩でまだまだと思っていた。

 5図の▲5九金は、善悪を超越した森流の指し手だ。

5図以下の指し手
△7四金▲6六飛△7五飛▲8七桂△6五飛▲同飛△同金▲7一飛△6六歩▲7四飛成△5三桂▲6六角△8九飛▲7五角(6図)

 △6五飛とぶつけて、僕の残りは30分。森九段は依然ビシビシのノータイム指しで、1時間しか使ってくれていない。

 ▲8七桂は何だかよく分からない手なのだが、そうこられると思った。

 少し持ち直したか、そう思って△8九飛と打ちおろしたのだが、▲7五角が凄い手。8七の桂馬がジワリと効いてきた。

  

6図以下の指し手
△同角▲同桂△9三角▲7一角△7五角▲6九歩△9九飛成▲5三角成△同角▲6五竜△6四香▲7四竜△6九香成▲4九金△6八成香

(中略)

 5分で指された▲7一角が、森九段らしからぬ落手。▲6九歩と受けられていたら依然僕の苦戦だった。

 △7五角の1分は希望の光が、見えてきた時間だった。

(中略)

 投了図からは▲5七玉の一手に△4七飛以下簡単な即詰み。子供の頃から憧れていた森九段にやっと勝つことが出来た。嬉しい!やった!!

 たまに、アマチュアの人から「どうやったら強くなれるんですか?」と聞かれることがある。だいたいの場合僕の答えは決まっていて「自分より強い人とやる、負けて強くなるんです」そしてチョット間をおき「たまに自分よりも弱い人とやる、これも大切です」(オーッ偉そう)。これは目先の、実戦を主体としたものだが…。結局、強くなるか、ならないか、それを決めるのは、好きか、嫌いか、楽しいか、楽しくないか、そんなことだと思う。要は自分に合ったレベルの楽しいやり方であれば、程度の差はあれ、絶対に棋力は伸びるはずだ(余程変な勉強の仕方か、プロを目指すんでなければ)。

 プロとかアマとか、そういったものは関係なく『強くなりたい』『強くなる』こういった気持ちが、将棋が強くなるためには、一番大切な事だと思う。一番単純にして難しい”志”。夢中で将棋に打ち込めるよう、また頑張ってみよう。毎度の事だけど…。

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駄ジャレは現れてこないが、豊川孝弘七段らしさが溢れ出る自戦記。

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冒頭の、頭に焼きついている図からの△3五歩▲8三歩△同銀が凄い。

野蛮という表現も違うし、野性的という表現も違う。やはり森雞二九段には「魔術師」が一番ピッタリくる。

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5図の▲5九金のところでは▲3八金と落ち着くのが自然だが、豊川孝弘五段(当時)が「善悪を超越した森流の指し手だ」と書いている通り、▲5九金はいかにも森雞二九段らしい主張の入った一手。

6図の▲7五角も華麗で豪快な捌き。

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先崎学九段も、子供の頃は 森雞二九段の将棋に心酔し、何度も何度も棋譜を並べている。

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今日からの名人戦第4局の立会人が森雞二九段。

先週、現役最後の対局があった森雞二九段だが、どのような面白い話をしてくれるのか、目を離すことはできない。